【宮崎都城発】長期休暇も賞与もあり!? 若き兄弟経営者が挑む新しい農業のカタチ。

image

【宮崎都城発】長期休暇も賞与もあり!? 若き兄弟経営者が挑む新しい農業のカタチ。
創業9年で売上高2200%を達成できた理由はSDGs !?
「美しい田畑の景観を守り、農業を“終の職業”に!」サラリーマンファーマーのススメ   


TABILISTA編集部

2021.10.20

「都会を離れ、自然豊かな環境で働きたい!」

 最近、若者たちの間でこんな考えを持つ人が増えてきている。
新型ウイルスCOVID-19によるパンデミックで都会生活の不自由さが露呈し、ニューノーマルな働き方が注目されたことも影響しているのかもしれない。

 ストレスの多い都会の暮らしから脱出し、できることなら自然に触れあえるような仕事がしたいと思う人も多いだろう。
大自然の中の一軒家を買って自給自足の生活を送る、などというのも一つの選択肢かもしれないが、文明の利器に頼りフツーの生活を送る一般人には相当ハードルが高いように感じる。

 この1年でリモートワーク化が進んだが、まだまだ難しいことも分かってきた。
都会を離れても今いる会社で働ける人は一部の大企業やIT企業などの限られた職種であり、どんな職業にも当てはまる訳ではない。

地方に移住して就職し、サラリーマン生活を送るという手もある。
ただ、都会並みに求人があるかといえば、そうは言えないのが現実だ。
自然豊かな環境で働くというのは、夢物語なのだろうか。

 ここに、ある企業のホームページの求人欄を抜粋する。

【勤務時間】 8:00〜17:00
※休憩60分、実働8時間 ※時間に応じて変動あり/時間外あり(月20時間程度)
【休日】 日曜・祝日・隔週週休二日
※繁忙期は出勤になる場合あり(5月頃)/長期休暇:あり(正月・お盆)
【待遇】賞与あり(実績に応じて)/社会保険完備/通勤手当あり/資格取得補助制度あり(大型特殊免許等)/アニバーサリー休暇有り(結婚記念日・子供の誕生日等)/SW(サマーウィーク)休暇有り(GWの代休)

「フツーじゃないの?」

 そう、普通です。
でも、これが農業の会社だと言ったら、ちょっと驚くのではないだろうか?

 農業と聞くと、「アメニモマケズ、カゼニモマケズ…」なんてイメージがあり、朝早くから夜遅くまで働き、季節や天候に左右されて、休む暇などないじゃないかと思う人が多いかもしれないが、この会社は違う。
なぜならこの会社、「一般的な企業」を目指しているのだから。

 求人を出しているのは、宮崎都城市に本社を置く株式会社で「ベジエイト」という農業生産法人である。

「これまでの農業は、1から10まですべてを行なってきました。畑を耕し、肥料を購入し、作物を育て、収穫し、販売する…。これでは休む時間もないし、生産効率も下がるんです。例えば、販売ルートを確保しようにも、農作業が終わってからになるので、相手先の営業時間が終わってしまいますよね。だから新しいことにチャレンジしづらい。悪循環なんですよ。それなら、営業部門と生産部門を分ければいいんじゃないかと…。ウチの会社ではそれを実践しているんです」

 こう語るのは、ベジエイト株式会社の専務取締役、重冨裕貴さんだ。
東京から都城へ戻り、父親の重冨保さんが起業した会社に就職した。2012年4月のことだった。

「外で何かをしたかったんですよ。宮崎というか、日本を自分でどうにかしたいとずっと考えていました。僕は中学の時から地元を離れたんですが、大学進学で上京し、そのまま東京で就職しました。当時は地元に戻ることは考えていませんでしたが、農業にはチャンスを感じていたんです。父が会社を立ち上げたことが契機でしたが、農業を“終の職業”にと考えて都城に帰ってきました」

 キツイ仕事という印象のある農業だが、会社組織として分業制にすることで、勤務時間や休日を定めることに成功した。
裕貴さん自身もあえて現場(畑)には出ず、会社運営に専念することで従業員の働きやすい環境を整えたという。
特に力を入れたのがリクルート活動で、社会保険完備、通勤手当支給、アニバーサリー休暇やサマーウィーク休暇の制度を設けるなど、就職先として魅力を感じてもらえるようにしたのだ。 

 そして4年前には、東京で働いていた弟の貴哉さんのリクルートにも成功する。常務取締役の重冨貴哉さんだ。

■兄弟だから実現できた高成長

「僕は兄とは少し違って、いつかは地元にという思いはずっとあったんです。大学を出て、東京の会社に就職しましたが、仕事で地方を回ることも多く、農業への関心は強くなっていったんです。そんな時に兄から誘われ、農業を終の職業にしたいという考えに共感して、戻る決心をしました」

 貴哉さんが加わったことで、裕貴さんは経営者としての仕事に専念できるようになったという。
農業の世界では今でも「現場に行ってなんぼ」という考え方が強いが、重要なのは経営陣がいかに生産現場から抜けるかということ。
貴哉さんがその役割を担うことで、分業制を円滑に進められるようになったそうだ。
そして、これまでの農業の概念を覆す施策を次々と実施し、従業員の働く環境を整備していくと、創業から9年で、2200%(売上高)の成長を遂げた。

■農業の価値とは?

 効率性や収益性を追求する裕貴さんに農業の価値について聞くと、その答えは意外なものだった。

「農業の価値は、環境保全。景観保全と言ってもいいですね。農業がないと耕作放棄地が広がり、日本の原風景とも言うべき田畑の景観がなくなるんですよ。生産はその上に成り立つと考えています」

 景観保全? やり手の農業ベンチャー経営者のパブリックイメージとはちょっと違う。
先祖が残した美しい田畑の景観を守ることが農業の価値だといい、生産はその上に成り立つというのだ。

誰もが心の中に持つ、どこか懐かしく安らぎを覚える風景。
それは大都会のビル群ではなく、雑草が繁茂する荒野でもなく、人の手で守られてきた田んぼや畑のある景色、日本昔話に出てくるような光景だ。

それは分かる。
だが、そんな長閑な風景を守ることが農業の価値だというのはどういうことなのだろうか。

「手間暇かけただけ良い作物ができる。それは間違いありません。でもそれが高く売れるかと言えばそうでもない。現在は農業そのものには金銭的な価値が少ないんです。だから農家が疲弊して離農が進み、田畑は荒れてしまう。僕らはできるだけシステマティックに、収益を上げる農業を目指しています。そうすることで、農業が若い人にも魅力的な職業として捉えられるようになり、田畑は守られ、美しい景観も維持されると思うんです」



田畑の景観を守ることが、次世代に伝えるべきことであり、農業の価値だという

「美しい農村の風景を未来に残していくためには、農業の価値を高めていく必要があります。目指しているのは持続可能な農業なんですよ。最近になって、SDGs という考え方が、世の中にも浸透してきましたが、僕はずっと言い続けています。じつは、2015年に国連サミットでSDGsが採択されたことを知ったのは、1年近く経ってからなんですけど(笑)」

 貴哉さんが続ける。

「兄も僕も高千穂の山の中で青春時代を過ごしました。自然への畏敬の念や、個性を活かす教育方針の学校で、“ゆとり教育”のはしりだったのかもしれませんね。全寮制で中学高校の6年間、ケータイはNG、TVも自由に見ることができませんでした。親元を離れたから気づいたこともありましたよ。その頃から、いつか地元に貢献したいという気持ちはずっと持っていたんです」

 重冨兄弟はともに小学校を卒業すると地元都城を離れ、平成6年に新設された全国で最初の公立中高一貫教育校に進学した。
1学年40名の全寮制の学校だった。

兄の裕貴さんが5期生、弟の貴哉さんが7期生だ。
学校のある西臼杵郡五ヶ瀬町は、神話の故郷とも呼ばれる高千穂の大自然の中にある。

自然豊かな環境の中での寮生活、山里の自然や人材を活用した多くの体験型学習や主体的な学習を通じ、二人は大きな影響を受けた。
この時の経験はいまに活かされているという。

■農業先進地域、都城という地の利

 ベジエイトの本拠地、都城市は宮崎県の南西端に位置する市で、宮崎市に次ぎ県内第二位の人口を擁する。
畜産が盛んな地域で、牛、豚、鶏はどれも県内トップの生産高を誇り、「ふるさと納税」の寄付金も全国トップクラス。

市内には大手飲料メーカー「霧島酒造」の本社があり、甘藷を原料にした「黒霧島」などの焼酎が有名だ。

 かつて都城一帯は薩摩藩の食料生産拠点だった。
いまでこそ宮崎県だが、そのルーツは薩摩藩にある。

つまり薩摩の芋を作ってきた歴史があるのだ。
保水性に優れた火山灰の土壌、長い日照時間、霧島連山を源とする綺麗な水、これらが三位一体となり、ミネラル豊富な土地で良質なサツマイモが育つ。
焼酎用のサツマイモも多く生産されてきた。
ベジエイトの主力商品「紅はるか」は、都城発祥のサツマイモだ。

「いまの農業というのは、そんなに儲かる仕事ではないんです。価値を高めているのはその後にくる人々です。つまり、料理になることで最終的に価値は高まるんですが、生産農家の収入は増えていないんですよ。僕らはその価値を高めるための仕事をしています。飲料用から食用への転作もその一つですね。付加価値の高い食用のサツマイモを買ってくれるところとマッチングし、収益を確保することで農業の価値を高めるんです」

 なるほど、最近は作り手の顔の見える食材が重宝されるようになってきた。
しかし、生産者と消費者が直接コミュニケーションを取れる場はまだ少なく、生産者と企業の関係も発展途上といえる。

良い作物を育てることに注力している生産者も、それをお金にすることには力を使えていない。
日々田畑に向き合い、作物を育てることに関してはプロフェッショナルでも、たとえば、「話し方」や「挨拶」など、ビジネスに向いていないこともあるのだ。

だが、生き馬の目を抜く東京でビジネスマンとして活躍していた重冨兄弟には、それができる。
経営者が会社の運営に専念することで、機械化などの必要な設備投資もでき、生産者は作物をつくることに専念できる。

精魂込めて育てた作物がそれなりの対価で取引されれば、生産者のモチベーションも上がるというわけだ。
都城は農業に対する意識が高く、先進的な考え方も受け入れる土地柄だったことも追い風となった。

■目指すのは総合農業企業

 ベジエイトが目指しているのは「総合農社」だ。
創業当時は、「CSA都城」という名前だった。

 創業者の重富保さんが、30年間勤務した農協を辞めて立ち上げた会社だ。
地域支援型農業を目指し、Comunity(コミュニティ)Supported(サポーテッド)Agriculture(アグリカルチャー)の頭文字を取った。
その頃は、50~60代が中心で若い世代の社員はほとんどいなかったという。

 2016年に現在の社名に変更した。「ベジエイト」という社名は「ベジタブル」+「クリエイト」を合わせたもので、「8(エイト)」には、「∞(無限)」という意味もある。
“無限の価値を創造する” という経営理念のもと、リクルート活動に力を入れ、若者に見やすいホームページ(https://vege8.co.jp/)を作り、地元宮崎がどういうところかも含めて発信する。

移住者への引っ越し費用補助などを行なうNPO法人や自治体とも連携して、地域の発展に貢献している。
農業を“終の職業”とし、無限の価値を生み出すと考えているのだ。
現在、契約農家は90軒を超えているそうだ。

 「自信は確信に変わった」と裕貴さんは言う。
最近、現役引退を発表したどこかの野球選手もかつてそんなことを言っていたが…。
農業にチャンスを感じ、Uターン就職してから約8年で今の会社の組織を整備し、文字通り「地に足がついた農業」を実践している。

コメント