世田谷ではなく鹿児島で、サザエさんの家探し

藤原綾「女フリーランス・バツイチ・子なし

バツイチ、シングル子なし、女40代、フリーランス。
編集者、ライターとして、公私ともに忙しく過ごしてきた。
それは楽しく刺激の多い日々……充実した毎日だと思う。
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しかし。
このまま隣室との交流も薄い都会のマンションで、これから私はどう生きるのか、そして、どう死ぬのか。
今の自分に必要なのは、地域コミュニティなのではないか……。
東京生まれ東京育ちが地方移住を思い立ち、地縁のない土地へ。
女の後半人生を掘り下げる移住体験実録進行エッセイ。

2021.10.8

世田谷ではなく鹿児島で、サザエさんの家探し

人はなぜ、噴火を繰り返す桜島の沿道に住むのか

 私が生まれた町は、荒川のほど近くにある“ゼロメートル地帯”と呼ばれる場所です。
小学校の授業で自分の家が海面よりも低い場所にあると知って、しばらくざわざわした気持ちを抱えました。
妙に高い堤防を眺めては、そこを越えてやってくる泥まじりの鉄砲水に飲まれる自分を想像しては震えました。

 風のように移住先候補として現れた鹿児島は、面積の約6割が噴火のときの火砕流や火山灰が堆積したシラス台地で、平坦地が極めて少ない場所です。
半ば遊び半分で霧島市の物件を眺めるようになったものの、どこもかしこも傾斜地だらけ。
土砂崩れの映像が頭をよぎりました。

 また、鹿児島の親戚に話を聞くと、場所によっては霧島市でも火山灰の影響を受けるとのこと。
桜島はしょっちゅう噴火していて、私たちが「桜島が噴火した!」と騒いでいるとき、現地では「だから何?」といった心境だそう。
洗濯物は外に干せないし、灰と雨が混じった日は最悪で、靴も車も汚れに汚れる。
私はまだその経験をしたことがないし、“よくあること”なら妥協していいポイントのようにも思えません。

 桜島の周りはぐるりと一周道路が走っていて、その途中に黒神埋没鳥居という火山灰に埋もれて頭しか見えない鳥居があります。
大正時代に起こった桜島の大爆発は、もともとは島だった桜島と大隅半島を陸続きにしてしまうほどの威力で、神社のあった黒神村の家々もすべてが飲み込まれました。

 そんな過去の事実を証明する鳥居が間近にあるにも関わらず、その土地を愛して根差し、その道沿いで暮らし続ける人達もいます。
その道路を初めて一周したとき、しみじみ、人間という生き物はまったく合理的な生き物ではないんだなあと実感させられました。
そして、だからこそ面白いのだと思います。
さすがに桜島沿いに住もうとは思わないけれど、みんながみんな、タワマンに住みたいと思う世界のほうが狂気だわ。

 実は、東京との距離の問題を取っ払って移住先を考え始めたとき、最初に目に浮かんだのは青森の風景でした。
十和田湖周辺の温泉郷に惚れ込んで、ひと月に2回行ったこともあるくらい、一時期ハマりにハマっていました。

 夏は活力漲る木々の青さに、秋は極彩色の紅葉に、冬は雪を抱いた静けさに、それぞれ圧倒されました。
そして、また芽吹きの春がやって来る。私は毎回違う場所に行くのが好きで、行ったことがない場所を旅先に選ぶのですが、その周辺は四季折々の存在が立っていて、何度も再訪してしまうのでした。

 でも、だからこそ、儚いほどの夏の短さや、降雪量の凄まじさを知っています。
へなちょこが移住したところで、へなちょこはへなちょこ。
雪かきに音を上げる自分の姿が目に浮かびます。
変に夢を見てやる気を出さない。
自分に過度な期待はしない。
風光明媚な青森を、早々と候補から消しました。

 寝られない日が続くときも、頑張っている感覚があまりないのは、結局は好きでやっているからなのだと思います。
自分の意に反してやらなければならないとき、自分は頑張っているという感覚に陥るのではないか。
だから、私は頑張らない。
今まで通り、のほほんと。
頑張らざるを得なかったことも多々あるけれど、根底は大企業を辞めたときから一貫してきたように思います。
自分に無理なく、楽しいことだけ。

 合理的な生き物ではない私が、私なりの合理を形成していくことが大事なんだと、自分に言い聞かせるように具体的な移住先を探すことにしました。
旅と暮らしはまったくの別物だ。
地に足をつけろ、藤原。

温泉&果樹園付き! 理想の家は一期一会

 霧島市には、移住体験制度のようなものもありましたが、コロナの影響で中止を余儀なくされていました。
試しに賃貸で数か月住んでみるという選択肢もありましたが、なぜかいまいち気分が乗りません。

 マンションを買って実際に暮らしてみて、実家とも違う“居場所を見つけた安心感”を知ってしまった結果、本能が賃貸生活を拒否しているのでした。
しかも物件を見ると、目黒のマンションの数分の1の金額で、何倍もの広さの土地と物件が手に入るわけで、どうしても目はそちらに向かってしまいます。
買うにしろ借りるにしろ、東京での住宅費とは比べ物にならないくらい安い。
しかも、心豊かにいられるであろう場所。
物件を見れば見るほど、最初は遊び半分だったはずが、自己催眠のように「このタイミングで移住せずにいつするんだ」と、気持ちが高まっていきました。

 多少気になる物件を見つけたら、グーグルマップで周辺環境を確認することを繰り返すうちに、地理関係も少しずつわかってきました。
霧島は空港まで車で20~30分。
東京に行くのもそこまで苦ではなさそうです。

 もうこの頃には、鹿児島以外の場所は考えていませんでした。
発想として他の場所が浮かばないうえに、鹿児島のことには詳しくなっていくので、自然と引き寄せられていきました。

 空き家が増えているという話を耳にするものの、売りに出されている物件はそんなに多くはありません。
ましてや、自分が妥協せずに住みたい家となったら尚更です。
 数は少ないけれど、もともと高校生の合宿に使われていた宿もあれば、今にも崩れ落ちそうな大正時代の家もあれば、人里離れた温泉付きの別荘もあって、中古物件ひとつひとつの個性はとても豊か。
一方、新しい物件は不動産会社の建売住宅がほとんどで、強烈なオリジナリティを放つ個人の物件を見てしまった後では、何とも色褪せて見えました。

 そもそも家族向けに作られた物件を買ったところで、価格が高いうえに生活にも合わないので、最初から安い中古物件を買ってリフォームすることしか考えていませんでした。
 とはいえ最終的な目的は、“居心地よくいられる地域の共同体に入ること”なので、長く住むことが前提です。あまりにも古い物件は不安ですし、せめて耐震基準が変わった1981年以降の物件にしようと条件を加えました。

 そして、長く住むことを前提にすると、同時に柔軟にリフォームができる昔ながらの工法で建てられていることや、平屋であることも前提になりました。
いずれ歳をとって足腰が弱くなったら2階に上がることがリスクになるだろうし、1階で事足りるならその方がいいに決まっています。

 平屋といえば、サザエさんの家だ。
そう思って検索をかけると、ご丁寧にたくさんの人が物語から間取りを描き、中にはジオラマを制作している人までいました。
 そして、私が住みたい家はこれだという確信を得ました。
デッドスペースがない長方形で、縁側があって、庭が広い。どうせひとりで住むんだから、この壁を全部取っ払って一部屋にしたら、何だかとても楽しそうです。
 世田谷区にあるサザエさんの家はとても手が出ないけれど、鹿児島の山間部だったら。

 現実味があるのかないのかわからないまま、情報を確認する日々を送っていたところ、ある日、これはという物件が出てきました。
 敷地630平米、建物100平米、果樹園付き、温泉あり、650万円也。
真四角の家から、渡り廊下が伸びていて、広いお風呂場だけ独立している珍しい物件でした。
後から不動産屋に聞いたところ、温泉には近所の人も入りに来ていたそうで、母屋とは離していたのだとか。

 温泉付きの物件もあるにはありますが、ほとんどが別荘地で、一般住宅となるとそこまで多くはありません。
しかも、温泉の成分によってダメージを受けている物件が多い中、渡り廊下が功を奏して、母屋は影響を受けていないようです。

 ただし、傾斜地。
 その家の壁を取っ払って、広々とした空間にいる自分を想像すると夢が広がっていきました。
果樹園にはミカンと柿がなっています。
周辺にもたくさん温泉はあるけれど、確かに毎日、自宅で入れるなんて豊かさこの上なし。
グーグルマップで確認すると、近くに大きな病院があって、周辺は山々ですが、歩いて10分の距離に小さなコンビニのようなものもあるようです。

そして、少し車を走らせれば、霧島神宮が聳えています。
歴史ある神社がある場所は、昔から災害が起きにくいからこそそこに建てられているわけで、そんなことも魅力的に映りました。
 今ある情報だけなら、傾斜地であること以外は何も問題がないように思えます。
新燃岳の影響は確認しておいたほうが良さそうですが、明らかに心が浮き立つのを感じました。

 ただ、なんといっても場所は鹿児島です。
内見をするにしても、じゃあ明日というわけにはいきません。
仕事の状況を鑑みると早くても行けて2週間後ですが、都心とは違ってそんなに早く物件が動くとも思えず、すっかり高を括っていました。

 数日間悩んだのち、連絡を入れて内見の約束を取り付け、そこでの生活のいいことばかりを想像しながら当日を待ちました。
果物ばかりが採れても仕方ないし、半分は畑にしようかしら。
温泉の泉質は何なんだろう……ぽわーん。

 ところが、出発の3日前になって、不動産屋からその日に内見した人が即決したという連絡が入りました。
楽しい夢を見ていたのに、突然横っ面を引っぱたかれて叩き起こされた気分。
妄想だけが宙に浮いたまま、すべては影も形もなくなりました。

 思っていた以上にショックを受けたことで、いつの間にか自分が本気になっていたことに気づきました。
そして、物件にもひとつの基準を設けることができました。
これ以上に納得できる物件じゃない限り選ばない。
そして、これ以上の物件だったら少し無理をしてでもすぐに現地に飛ぼう。

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藤原綾「女フリーランス・バツイチ・子なし

2021.10.8

雨漏り、自宅死、湧き水、第六感……見て見ぬふりの限界

 先の物件は、すぐに売れてしまっただけあって、やはり相当条件がよかったようで、わざわざ問い合わせをしてみようと思える物件は、その後まるで出てきませんでした。
 一度、高揚感を覚えてしまったせいか、実際に物件を見にいきたいという欲求が日に日に膨らんでいきました。
仕事の過密スケジュールに溺れるなか、何ひとつとして根拠なんてないけれど、移住先が決まれば新しい道が開けるような気がしてなりません。

 現状に満足していないわけじゃない。
でも、自分にとって東京が住みにくい街になっていくのは恐らく間違いない。
やはり、動かねば。何かに巻き込まれる前に、とっとと逃げよう。
早く、早く。

 そのとき、うっかり“自分にとっての最上の場所”という大前提を忘れ、物件を見つけることに躍起になって目的を見失ったように思います。
 今思えば血迷ったとしか思えないのですが、なぜか鹿児島市にもチェックを入れて物件を探し始めてしまいました。おい、硫黄泉はどうした。

 そして、鹿児島市に悪くない物件を見つけてしまったのです。
 市内からは車で30分ほど。
四角い間取りの、縁側付きの平屋。
横には畑もついています。
例の温泉付き物件よりも広く、鹿児島では珍しい平坦地で、周辺は畑が広がる静かな場所。

 何より、私はその内装に惹かれました。
普通の日本家屋ではありますが、先住者のセンスがよかったのでしょう。
壁紙や床材、ちょっとした作り付けの棚など、ひとつひとつにこだわりが感じられました。

 几帳面だったのか、収納もどこに何が入るかきちんと考えられていて、今持っているものをすべてしまい切っても余裕で余りあるほど。
 しかし、その周辺に温泉地はなく、一番近くても車で40分もかかります。
その時点でやめておくべきだったのです。
 しかし、物件探しハイに陥っていた私は、不動産会社にコンタクトを取ることにしました。
鹿児島のなかでは大きな企業です。

 メールをすると、すぐに返事が返ってきました。
現状、内見者が一組。
また、いくつかその物件には告知事項がありました。

・水は落ちてこないが、天井に雨漏りの跡がある。
・100歳を超えた先住者が寝室で亡くなっている。死因は老衰。
・少量だが庭から水が沸いている。

 それぞれ、針で刺されたくらいのダメージは感じながらも、惚れた男のダメな部分を見て見ぬふりをするように、勢いで内見の日程を決めてしまいました。
 ひとつめは直せばいい。
ふたつめは、まあ老衰ならこの世を恨んではいないはず。
こんな素敵な壁紙だし。物件探しハイにあると、何かと理由をつけては見苦しく自分を納得させようとします。
 ただ、3つ目の湧き水だけは妙に引っ掛かりました。
家の庭から湧き水なんて、なんか素敵と安直に考えることはできても、「告知事項」として知らされているからには、何らかのデメリットがあるということです。
 調べてみると、植物が育ちにくくなったり、蚊の発生源になったり、基礎に腐敗をもたらすなど、あまり、というか結構よろしくない情報がごろごろ出てきます。
今は、「少量だが」の言葉を信じるのみ。

手段と目的を入れ替えてしまう“物件探しハイ”の恐怖

 待ち合わせ場所は天文館という鹿児島市の繁華街です。
スーツをぱりっと着こなしたお兄さんが、颯爽と現れました。

「藤原さんですか? 今日は宜しくお願いします」
 方言もなく、きれいな標準語。

 私たちを乗せた車は、路面電車が走る中心部からどんどん離れて、山に向かって上ったり下りたりしながら進んでいきました。
思ったよりも町が近いという印象で、確かに買い物には困らないし、近くで大手チェーンのコンビニの開店準備が進んでいます。
不動産屋さんも、それをメリットとして伝えてくれるのですが、肌感はあまりよくありません。
理屈というよりも、感覚がしっくりこないのです。

 居心地の悪さを感じながらも、聞きたいことは聞いておこうと思いました。
「今日見るような物件は、よく出てきますか?」
「この広さで平屋はなかなか出てこないと思いますよ。それに、僕たちも仲介手数料のパーセンテージが決まってるんで、このくらいの値段の物件はあまり扱わないんですよ。大した儲けにならないんで」

 そう言われて、空き家は多いはずなのに物件情報があまり出てこないことに合点がいきました。
でも、私の豊かさを実現するために、不動産屋がウハウハできるような金額の物件は必要ないんだよな……。

 心に薄く影を落としたまま現地に到着すると、早速、玄関の向かって右側に、果たして少量といえるか疑問の水が沸いていて、周辺の土や草を永遠に濡らし続けていました。
「これが例の湧き水なんですけどね、僕は池にするといいと思うんですよね」

 池? そこら中に川も湖もあるというのに、わざわざ家に狭い池をつくって魚を泳がせ、それを眺めることは豊かなのだろうか。
ビオトープにして蓮を浮かべればいいのかなあ。
いずれにせよ、もともとは想定していなかった話で、積極的に池が作りたいかと聞かれると、そうでもないとしか答えようがありません。

 家の中は、写真で見た通りのセンスのいいおうちでしたが、ところどころで床がふかふかと緩んでいるのを感じ、それを指摘すると、「床は大規模にリフォームしたほうがいい」とのこと。ふむ。

 その日は天気がいい日で、家の中には燦燦と日差しが入り、日当たりは良好すぎるくらい良好。
周辺は畑に囲まれていて、きっと夜は星も見えることでしょう。
間取りもいい。普通の日本家屋なんだけど、なんかおしゃれ。
でも、一度心に住み着いた違和感が拭えません。
 そして、こればかりは第六感としか言いようがないのですが、この町に来たときからずっと、何かが澱のようにゆっくりと沈んでいくのです。
体調が悪いわけでもない、ただ、肌に合わない感じ。

 よくよく考えてみると、それは東京の街も一緒で、画一化が進んでいるとはいえ、やっぱりその街その街で空気はまったく異なります。
その空気感は、人が形成しているものかと思っていましたが、日本海側と太平洋側で雰囲気が異なるように、人だけではない理由がある気がします。
私自身、なぜか池尻や三茶周辺には住みたくない。初台、幡谷もなんか違うと、理由はないけど乗らない何かがあるのです。

 帰りの道でも、その言葉にできない澱んだ感覚はずっと残りました。
なんなら、人で賑わっている天文館に戻ってきて少しほっとしたような。
 その日の夜はビジネスホテルに泊まって、翌日の朝、東京行きの飛行機で戻る予定でした。
}今日は早めにベッドに入って、とりあえず明日考えよう。
納得はいっていないし、妙な違和感はあるけれど、わざわざこの1軒を見るためだけに弾丸で鹿児島に来たというのに、すんなりやめてしまっていいのだろうか。

 気づくと私は、その日訪ねた物件の、壁が一面収納になっているだだっ広い部屋で寝ていました。
すると、足が向いている奥の部屋のほうからゴゴゴゴゴ……という音が響き渡り、何事かと思って体を起こしてみると、泥とも水ともつかない濁流が迫ってきて、パジャマ姿の私を丸ごと飲み込もうと――その瞬間、目が覚めて、気づくと大量の汗をかいていて、体はすっかり冷え切っていました。
 淀んだ荒川の水が、堤防を越えてやってきた。

 翌日、東京に戻ってきて、昨日会ったしゅっとしたお兄さんに連絡をして、あの物件を購入しないことを告げました。
 そして、憑き物が落ちたかのように、手段と目的を見誤ったことを反省し、改めて、硫黄泉を外してどうするんだと自分に言い聞かせました。

    住む場所は手段であって、目的ではない。
}目的は、自分が思う豊かさを享受できる地域の共同体で生きていくこと。
 そして、もう物件の条件はほぼ定まっているのだから、ブレずに気長に出てくるのを待って、物件探しハイで置き去りにしていた、本来真っ先に考えなければならない仕事や生活について腰を据えて対峙することにしました。
 しかも、私は運転免許すら持っていないのです。
まだスタート地点にすら立っていないのに、何をやっているんだ私は。
すぐに合宿免許の日取りを決めると、ネット予約不可で、星の美しさを売りにしている宮崎県の自動車教習所に電話をかけました。

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