「泡盛」酒税軽減廃止へ 増税乗り越えた「本格焼酎」ブームの再現はある?

著者 : オトナンサー編集部

アドバイザー : 狩野卓也(かの・たくや)

沖縄が本土復帰50年となりましたが、それを前に沖縄県産のお酒の酒税軽減措置の全廃が決まりました。今後の見通しを専門家に聞きました。

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酒税軽減廃止で泡盛はどうなる?

 5月15日、沖縄は本土復帰50年の節目を迎えましたが、それを前に3月末、泡盛など沖縄県産のお酒の酒税軽減措置が2032年までに廃止されることが決まりました。製品の値上げにつながる事態で、「沖縄県内の蔵元が危機感を持っている」との報道もありますが、実際の見通しはどうなのでしょうか。“増税”といえば、芋焼酎や麦焼酎などの「本格焼酎」(単式蒸留焼酎)もかつて、「税率アップで危機」といわれた時代があったはずですが、見事に乗り越えてブームを巻き起こし、現在も人気を保っています。泡盛は、本格焼酎のように、この「危機」を乗り切れるのでしょうか。

 お酒の文化や消費の調査研究、コンサルティングなどを手掛ける「酒文化研究所」(東京都千代田区)代表の狩野卓也さんに聞きました。

焼酎に吹いた「追い風」、泡盛は期待できず

Q.そもそも、泡盛など沖縄県産のお酒の税率が低く抑えられてきた経緯を教えてください。

狩野さん「1972年に沖縄は日本に返還されたのですが、それまでの米軍統治下では、酒税は日本の国内法よりかなり低かったのです。沖縄に住む人々にとって、日本の酒税法がそのまま適用されたら、価格が大幅に上がる状況だったのです。そうでなくても、ドルから円に通貨が変わり経済的な混乱は避けられません。せめて価格の激変は避けようという政治的配慮が働いたものと思います。

メーカー側の事情もあります。戦後は本土からの酒の移入が少なく、酒税も低く地元産の安価な大衆酒として市場をつくってきました。企業規模も小さいです。そこで急激に値段が上昇して、本土や外国から安価な酒が流入したら経営上の問題も発生したことでしょう。

そこで、沖縄県内の消費者やメーカーのことを考慮し、返還直後の激変緩和措置として、沖縄県産酒類の酒税の軽減措置が取られたのです。当時の焼酎乙類(現在は『本格焼酎』と呼ばれる単式蒸留焼酎)と同じ税率をかけるのは厳しいということで、税率を低くしました。当初の軽減率は60%、つまり本土の4割に抑えられました。

ただ、全量に適用すると、沖縄のお酒を本土で売ると不公平になるので、沖縄県内での販売に限って、酒税率を軽減したのです。いわば、酒税に関しては“国境線”を残したわけです。これはビールに関しても同じで県内産ビールの酒税は軽減されました。消費者対策と共に、県内産業の保護策でもあったのです。

そもそも、泡盛は何年か熟成させて、『古酒(クース)』になると、よりおいしくなる酒です。かつては、各地の蔵元には長い間貯蔵熟成させた泡盛もあってそれを『仕次ぎ(しつぎ)』と呼ばれる方法でブレンドして飲んでいたのですが、太平洋戦争のために、長い年月寝かせた古酒が失われました。

戦争が終わっても、食糧事情や経済事情が厳しい中で、食べるだけで精いっぱいの状況です。お酒を造っても、何年も貯蔵熟成させる余裕はありませんでした。琉球王朝の伝統を引き継ぐおいしい古酒は消えたままでした」

Q.それが今回、税率を本土と同じにすることが決まったわけですが、なぜでしょうか。

狩野さん「簡単にいえばもう50年たったということです。当初60%で始まった酒税軽減率は、徐々に縮小されてきましたが、現在も泡盛で35%、オリオンなどのビールで20%軽減されています。この状況をいつまでも続けるわけにはいきません。沖縄振興策全体の見直しの中で本土と同じにしていこうとなったのでしょう。

泡盛の場合、2032年までの10年で軽減措置を全廃するのですが、全部のメーカーが一律ではありません。規模の大きなメーカーは何回かに分けて税率を上げていきますが、小さなメーカーはぎりぎりまで現在の税率を続けて、最後に合わせるという流れです。これはその間の転廃業も見据えたものかもしれないと邪推してしまいますね。

本土では、この50年の中で、甲類焼酎を使ったチューハイブームや洋酒を使ったカクテル、ハイボールなどいろいろなブームがありましたが、沖縄ではチューハイでもカクテルでもベース酒は泡盛で、ありとあらゆる飲酒シーンを泡盛ベースで開発していきました。県内で飲む泡盛は酒税差の分原価が安いので、本土産の焼酎や洋酒よりも価格面で有利でした」

Q.軽減措置廃止の議論の中で、「泡盛を造る蔵元が危機感を持っている」との報道もありました。本格焼酎もかつて、税率アップで危機感を持った時代がありましたが、かえって人気が上昇する結果になったと思います。

「琉球泡盛」世界進出に期待

Q.では、泡盛については、本格焼酎の税率アップのときと同様にはいかない、ということでしょうか。

狩野さん「今回、前回のときのような追い風が生まれる条件はありません。ただし今回酒税が上がるのは県内で飲まれている分だけであり、本土に出荷している分は影響ありません。そもそも沖縄県内酒類市場での泡盛は異常といえるほどシェアが高いのです。その理由は地元産品を愛するという精神的なもの、食べ物との相性がよいこと、泡盛の飲み方のレシピ開発が進み多くの飲酒シーンで泡盛が飲まれているからですが、相対的に価格が安いという理由も大きいと思います。

泡盛や本格焼酎も装置産業の側面もありますから、酒税というアドバンテージがなくなると、本土や海外の大きなメーカーの商品との価格競争に巻き込まれて不利になります。どこの国でも日常的に飲む酒の選択理由には経済性という側面が大きいですから。例えば日本酒の市場でも、市場の大きな日常の晩酌では大メーカーの経済酒が中心となり、小規模な地酒は高付加価値・高価格の嗜好(しこう)品市場や海外に勝機を見いだして、すみ分けられてきました。泡盛でも中小規模の生産者は、より高付加価値・高価格にシフトしていくと思います。

政府も付加価値を付けた日本産酒類の海外輸出振興には積極的です。他の酒類同様に2004年、『琉球泡盛』が地理的表示(GI)として使えることになり、本土や海外で差別化がしやすくなりました。これに対応して泡盛業界も古酒の品質を高めるため、基準を厳格化しました。かつては、一定年数寝かせた古酒に、仕次ぎで新しい酒を足したもの、ブレンドものでも『古酒』と表示できましたが、今では、『〇年古酒』と表示するには、中身すべてが表示している年数以上貯蔵したものでなければ表示できなくなりました。英米のウイスキーの年数表示基準に合わせて、堂々と世界の市場に打って出られるようにしたのです。

いま、日本産のクラフトウイスキーが海外でも注目を集めています。これは何回もサントリーやニッカが世界の品評会で好成績を収めて、スコッチメーカーにも一目置かれていたところに、新興の『ベンチャーウイスキー』(埼玉県秩父市)なども高い評価を受けたので、特定の商品だけでなく、『ジャパニーズウイスキーがすごい』と産地としての評価が高まったからです。

泡盛でも、同じことが起きてほしいと思います。まずは海外でも複数の生産者の泡盛が高く評価されて『琉球泡盛』という産地カテゴリーとして高く評価されるようになることを期待しています。

本土復帰50年を機にした軽減措置全廃を逆手に取り、県内だけでなく本土や世界市場を見据えて、泡盛のマーケットが拡大していくことを期待しています」

(オトナンサー編集部)

狩野さん「1989年の酒税法改正ですね。確かに当時、焼酎業界には危機感がありました。当時イギリスのサッチャー首相が『同じ蒸留酒なのに、スコッチ(ウイスキー)と焼酎の税率が違うのはおかしい』といったことを発言して、欧米の圧力などで、ウイスキーと焼酎の酒税格差を縮めるのがテーマとなり、『焼酎の度数当たりの税率がウイスキーと同じになって、価格差がなくなると大変だ』という見方も確かにありました。

ただ、忘れてはいけないのは、当時、ウイスキーには『特級』『1級』『2級』という酒税法上の区別があり、ウイスキーの6割を占めていた安価な2級ウイスキーは焼酎以上の大幅増税になったということです。スコッチや当時の国内主流であったサントリーオールドやリザーブといった特級ウイスキーの税率は確かに下がり、販売量も増えたのですが、家庭市場をメインに飲まれていた大衆酒の2級ウイスキーの価格は本格焼酎以上に上がり、市場は壊滅したのです。この2級ウイスキーは若者のウイスキー入門酒という役割も担っていましたが、これが消えたので、若者のウイスキー離れにつながりました。

一方で産地以外の東京や大阪で飲まれる本格焼酎は、主に飲食店での消費であり、それは価格が少し上がっても、大きな影響はありません。本格焼酎はビールや日本酒、ウイスキーと、さまざまな酒と競合していましたが、その一つの2級ウイスキーが壊滅したこと、そして本格焼酎の各メーカーが、品質向上や市場拡大に努めたこともあって、かえって売り上げを伸ばすことに成功したのです」

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