反対の声は国葬だけじゃない 安倍晋三元首相の地元・山口県での県民葬に市民団体「法的根拠ない」

 物議を醸しているのは国葬だけではない。ご当地山口県で来月予定されている安倍晋三元首相の県民葬だ。村岡嗣政つぐまさ知事は、過去にも地元出身の首相の県民葬があったことや、長期の政権運営などを理由に開催に突き進む。しかし、市民団体は「法的根拠がない」と反発。「地方自治の理念から逸脱」との声も聞こえる。さらに費用もお高いようで…。(特別報道部・中沢佳子)

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◆費用6300万円…突出して高額

 「憲政史上最長の長きにわたり、重責を果たしてこられた。県政でも後押しをいただいた。地域振興策に支援いただき、懸案のインフラ整備も進んだ」。13日の会見で、村岡知事は県民葬の意義をそう語った。

 県民葬は来月15日、県や自民党県連、県議会などでつくる葬儀委員会と安倍家などが主催し、同県下関市で開催。国会議員や県、市町の関係者ら約2000人の参列を見込み、主会場と県内7カ所で献花を受け付ける。費用は6300万円で、県が半分負担し、残りを自民党県連などが出す。

 県人事課によると、これまでに首相経験者の佐藤栄作氏と岸信介氏の他、元知事の橋本正之氏、安倍氏の父で元外相の晋太郎氏、旧文相などを務めた田中龍夫氏の計5人の県民葬を営んだ。資料が残る範囲で費用は晋太郎氏が3100万円、田中氏が2600万円。今回は突出している。

 ちなみに、2020年に開かれた中曽根康弘元首相の「群馬県民・高崎市民合同葬」の場合、県総務課によると、費用は予算段階で約4200万円だったが、コロナ禍で規模を縮小し、結果的に約2800万円だったという。

 際立って高い安倍氏の県民葬の費用について、村岡知事は「金属探知機を使った会場警備、来訪者の駐車場確保、地域会場の設営で経費が増えた」と説明。

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安倍元首相の国葬に反対する人たち=8月16日、東京都新宿区で

◆根拠は地方自治法?「やっちゃいけないでしょ」

 開催の法的根拠については「地方自治法で、地方公共団体は地域における事務を処理すると定めている。県民葬もその中に含まれる」と主張する。

 しかし、市民団体「安倍元首相の国葬・県民葬に異議あり!山口県民の会」事務局の坂本史子さんは「巨額のお金が伴うし、地方自治法を盾に何でもできると解釈するのはおかしい」と反発。インフラ整備に貢献したとの知事の発言にも「首相が地元に便宜を図ったことになる。やっちゃいけないでしょ」とあきれる。

 同会共同代表の安渓あんけい遊地ゆうじ山口県立大名誉教授も「地方自治法は住民自治と地方分権に沿った行政運営を説き、住民の福祉の増進に努め、最少の経費で最大の効果を挙げるとうたっている。今回は法の趣旨に反しており、地方自治の破壊だ」と問題視する。

◆過去4例に異論なし‥沖縄県との違いは

 沖縄大での勤務経験がある安渓氏。歴代5人の県知事のうち4人を県民葬とした沖縄との違いも感じている。「山口の計画は、県民に誇りを与えた知事をみんなで偲しのぶ沖縄と別物だ」

 沖縄国際大の佐藤学教授(政治学)は「沖縄ではどの県民葬にも異論は出なかった。知事公選制を勝ち取った歴史ゆえだ」とみる。

 佐藤氏によると、米国統治下の1960年代、沖縄で琉球政府の行政主席の公選を求める運動が拡大。68年に初めて行った主席公選で当選した屋良朝苗ちょうびょう氏は、日本復帰後の知事選で初代知事になった。そんな歴史を県民も歴代知事も重んじている。「基地問題への姿勢は違っても、どの知事も県民の代表として政府と向き合った。亡くなれば、県民も政治的立場を超えて悼む意識が強い」

 反対意見もある中での開催について、中央大の宮間純一教授(日本近代史)は「『県民葬』を名乗り、税金を投じる以上、県民全員を巻き込む。県の安倍氏への評価に、県民みんなが関わらざるをえない」と内心の自由に踏み込む恐れを指摘。「県民が直接選んだわけではない首相を県民葬にするなら、県民の合意形成は欠かせない」と強調する。

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