酒は体に良い?悪い?動物実験でも実証された、飲酒の「思いがけない効果」

日本酒の科学

和田 美代子

, ブルーバックス編集部編

食の多様化、欧米化に連動するかのように、この50年で日本人の食生活は大きく変化しました。それに伴い、アルコール飲料の消費量は減少し、中でも日本酒は顕著です。1973年のピーク時には176万kLあった課税移出数量が2013年には58 万kLと約3分の1にまで減少しています。
しかし、クールジャパン推進策の一環として日本酒や焼酎などの日本産のお酒を海外に売り込もうという施策も相まって日本酒の輸出量は堅調な伸びを示しています。また、「自然を尊ぶ」という日本人の気質に基づいた「食」に関する「習わし」としての「和食:日本人の伝統的な食文化」が2013年12月にユネスコ無形文化遺産に登録され、世界的にも和食が注目されるなか、今後日本酒は世界に注目されるお酒になっていくと思われます。
*本記事は、和田美代子(著)、高橋俊成(監修)『日本酒の科学 水・米・麹の伝統の技』(講談社ブルーバックス)を抜粋、編集したものです。

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酒は百薬の長

酒飲みにはうれしい格言「酒は百薬の長」とは、紀元80年頃に書かれた中国の歴史書『漢書』の「食貨志下」にある王莽(紀元前45~紀元後23年)の言葉です。王莽は前漢と後漢の時代を挟んで「新」という彼一代限りの国(紀元9~23年)を建て、塩(盬)、酒、鉄を租税源として専売化しました。そして「夫れ盬は食肴の将、酒は百薬の長、嘉會の好なり。鐵は田農の本」(塩は食物の最も肝心なもの、酒は多くの薬の中で最も優れ、めでたい集まりでたしなむよきものである。鉄は農耕の基本となるもの)と述べたのですが、それがいつのまにか前後のフレーズが落ち、「酒は百薬の長」だけが、身近な言葉になったといわれています。

日本でも、古くは6世紀に成立したとされる『丹後国風土記』の奈具神社(現在の京都府宮津市)の由来譚で「天女が造る口嚙み酒は、一坏飲めば万病に効いた。その一杯を得るために、人々は財貨を車に積んで送るほどだった」と書かれています。

また西欧でも「医学の父」と呼ばれる古代ギリシアのヒポクラテス(紀元前460年頃~紀元前375年頃)が、ワインを「最も有益な薬」と讃えています。

似たような言葉として「酒に十の徳あり」(室町時代の狂言「餅酒」による)とか、「酒は憂いの玉箒」(中国北宋時代の詩人、蘇軾「洞庭春色詩」から)などともいわれます。西欧ではGood wine engenders(makes)good blood(よいワインはよい血をつくる)とか There are more old drunkards than old physicians(老いた医師よりも老いた酒飲みのほうが多い)、あるいはWine is panacea of all ill(ワインは万能薬)といったことわざがあります。

お酒は一般的薬理作用である麻酔・鎮静作用やストレス解消、食欲増進、栄養効果などが認められてきたのもまた事実です。

ちなみにアルコール健康医学協会によれば、100歳以上で元気な方の約6割は、毎日「適量の」お酒をたしなんでいるそうです。

酒は百毒の長

ただし一方でお酒は「百毒の長」、あるいは「命を削る鉋」とか「諸悪のもと」ともいわれています。

鎌倉時代末期(1330年頃)に書かれた吉田兼好の『徒然草』には「百薬の長とはいへど、よろづの病はさけよりこそおこれ」と飲み過ぎに釘を刺しています。また江戸時代の本草学者にして儒学者の貝原益軒(1630~1714年)は、その著書『養生訓』で「酒は天の美禄なり。少し飲めば陽気を助け、血気をやわらげ、食気めぐらし、愁いを去り、興を発して、甚だ人に益有り」と綴った後に、「多くのめば、又人をよく害する事、酒に過ぎたるものなし」と続けています。

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現在では20歳未満の飲酒が法律で禁じられているほか、妊娠中や授乳期の飲酒が胎児や乳児の発育に悪影響をおよぼす可能性のあること、適量を飲むことなどをラベルに記載することが定められています。度を越せば、アルコール依存症や臓器障害を招く元凶になりかねません。

厚生労働省による「21世紀における国民健康づくり運動」で示された「節度ある適度な飲酒」の量は、純アルコールに換算して1日約20g です。適量には個人差がありますが、この数字は日本人では1日当たり日本酒なら1~1・5合、ビールなら中瓶1・5~大瓶1本ほどが目安になります。男性では約2合、女性では約1合を推奨するケースもあります。

お酒に依存しないこと、お酒のせいにしないこと、適量を守ることが「百薬の長」の条件であることを忘れないようにしましょう(たとえば、不眠に対して成人の6%ほどがお酒または薬を用いているというデータがあります。確かに、適量のお酒は寝つきをよくしますが、不眠症の改善策として有効となる状況は限られるのです。にもかかわらず、お酒に依存して就寝時に飲み続けると、耐性ができ、なお寝つかれないため、飲酒量がいっそう増え、精神面にもよくありません)。

そのうえで日本酒に焦点をあてた「百薬の長」についてのさまざまな「言い伝え」や常識が、本当に根拠のあることなのかどうか、大いに気になるところです

そこでお酒と健康の関係について詳しく、自らも毎日晩酌を楽しんでおられるという秋田大学名誉教授の滝澤行雄医学博士にお聞きしたことを中心に、日本酒のパワーを探ってみます。

お酒の「Jカーブ効果」

日本酒に限りませんが、適量のアルコールを摂取している人は、まったく飲まない人や飲み過ぎている人に比べて、心臓病、がん、糖尿病、肝硬変などを発症するリスクが低いことが、日本を含む世界各国での10年以上にわたる疫学的調査で明らか
になっています。その被験者の合計は100万人を超えています。

たとえば1981年にイギリスで、適量のお酒を嗜むことが健康にもよいことが報告されました。10年間におよぶ追跡調査の結果、適量のお酒を飲む人の総死亡率および心血管系死亡率が、飲まない人や大量に飲む人と比べて低いことがわかったのです(図8―1)。この知見は喫煙や職業などで補正しても変わらず、飲酒量自体によることが明らかでした。

J字形曲線になるグラフの形から、これを「飲酒のJカーブ効果」(Uカーブ効果とも)と呼んでいます。

「Jカーブ効果」を動物実験で実証

2013年に、広島大学大学院生物圏科学研究所、独立行政法人酒類総合研究所、およびビール酒造組合との共同で行った動物実験で、適量のアルコール摂取は健康にもプラスになることが世界で初めて実証され、Jカーブ効果とも一致することが明らかにされました。

まず老化を抑制する検証実験では、1~2%のアルコール(エタノール)を含む飲料水を老化促進モデルマウスに与えました。その結果、1%エタノール群ではエタノールを摂取しない対照群に比べて老化スコア(毛並み、目、皮膚などの外観を数値化)が著しく抑制されました。ところが2%エタノール群では、逆にその結果が弱まりました。

また、飲み過ぎると肝障害を起こすことはよく知られていますが、高脂肪食摂取ラットに1%エタノールを含む飲料水を摂取させると、エタノールを摂取しない対照群と比べて肝機能が改善され、その効果は2%エタノールの摂取群よりも顕著でした。アルコールは心臓病やがんを招く高尿酸血症や痛風の危険因子とされていますが、その血中尿酸もエタノール摂取群では減少していました。

1%エタノール飲料水の摂取量を人に換算すると、1日10~20g 程度のエタノール摂取量に相当します。これは先に紹介した、「21世紀における国民健康づくり運動」で示された「節度ある適度な飲酒」の数値に一致しています。

さらに連載記事<「日本酒」はやっぱり凄かった…! 世界でもその技が「抜きんでている」といえる「納得のワケ」>では、日本酒造りにおける高度な技術について解説します。

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