日本酒に「正宗」とつく名前が多いワケ、知っていますか?

食の多様化、欧米化に連動するかのように、この50年で日本人の食生活は大きく変化しました。それに伴い、アルコール飲料の消費量は減少し、中でも日本酒は顕著です。1973年のピーク時には176万kLあった課税移出数量が2013年には58 万kLと約3分の1にまで減少しています。
しかし、クールジャパン推進策の一環として日本酒や焼酎などの日本産のお酒を海外に売り込もうという施策も相まって日本酒の輸出量は堅調な伸びを示しています。また、「自然を尊ぶ」という日本人の気質に基づいた「食」に関する「習わし」としての「和食:日本人の伝統的な食文化」が2013年12月にユネスコ無形文化遺産に登録され、世界的にも和食が注目されるなか、今後日本酒は世界に注目されるお酒になっていくと思われます。
*本記事は、和田美代子(著)、高橋俊成(監修)『日本酒の科学 水・米・麹の伝統の技』(講談社ブルーバックス)を抜粋、編集したものです。

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酒銘を楽しむ

ラベルは、貼られた位置で「胴ラベル」「肩ラベル」「裏ラベル」に大別できます。とくに胴ラベル(胴貼り)には、造り手の思いのこもった「酒銘」や、造られ方などが記され、飲み手に訴えかけています。胴ラベルを剝がし、裏打ちして保存するファンもいます。

ラベルで最も目立つのは、当然ですが、胴ラベルに大きく書かれた「酒銘」です。現在、全国には蔵元が約1500あります。

ちなみに明治維新後、新政府は、それまで各藩で発行していた酒造りの免許「酒株」への徴税から、誰でも免許をもらえる制度としました。これにより当時の富裕層が続々と参入して、現在の蔵元の約半数はこのとき誕生しています。残りはそれ以前の創業で、地主や両替商、庄屋、廻船問屋など、いずれもその土地に根をおろし、社会的信用があり、かつ経済基盤がしっかりした、いわゆる名士的存在でなければ叶えられませんでした。なかには500年を超える蔵元もあります。

そのため酒銘も実に多彩です。思いつくままですが、文学や風土の香り漂う酒銘をちょっとだけ紹介してみます。

青森県弘前の「じょっぱり」は、頑固者を意味する津軽方言で、その名の通り頑固に「昔ながらの、手造りの酒」にこだわっています。良寛和尚終焉の地、新潟県長岡の「心月輪」は和尚の書の写し。「心は月のごとく円く清らかに」という意味だそうです。

日本酒のイメージからは遠いようにも感じる「Dr.野口」は、野口英世とゆかりのある蔵元が造ったお酒で、医学者にあやかってフラスコ型のボトルに詰めて販売されています。

中国の唐時代の詩人、李白の「月下独酌」「両人対酌」の詩が添えられた島根県松江の「李白」。大正から昭和にかけて二度も内閣総理大臣を経験した松江市出身の若槻礼次郎が名づけ親。李白は酒仙とも称される酒好きで、酒を愛する詩をたくさん創っています。

地元出身の作家、井伏鱒二の名訳「『サヨナラ』ダケガ人生ダ」で知られる唐詩「勧酒」にちなんだ広島県福山の「勧酒深山」。惜しむらくは、2010年に酒蔵の歴史に終止符を打ちましたが、「在所の酒」と添えられていたのも印象的でした。

「No.6」という、どうしても想像がふくらむ酒銘もあります。

日本酒は酒銘のいわれも魅力的です。そこに込められた造り手の思いを感じながらの一杯はいかがですか。

正宗の由来

さまざまな酒銘のある中で「○○正宗」が目につきます。ネットで調べると8つの県を除く全国に147銘柄もあります。

「正宗」の元祖は1625(寛永2)年に灘で酒造りを始め、1717(享保2)年に創業した蔵元です。その6代目当主の山邑太左衛門が1840(天保11)年に宮水(106ページ)を発見し、同じ頃に「正宗」を酒銘としました。

当時、灘では歌舞伎ゆかりの名を酒銘にすることが多く、太左衛門の蔵でも歌舞伎の名跡、坂東彦三郎の俳名から採った「薪水」を酒銘としていました。名跡とは歌舞伎役者が舞台上で使う芸名で、代々受け継がれる名前です。そして名跡とは別に名乗るのが俳名で、必ずしも継承されません。

かねてから太左衛門は、愛酒家により訴える酒銘を思案していました。あるとき、京都の寺を訪れた折に「臨済正宗」の経典を見てひらめいたというのが有力な説です。

太左衛門は清酒(セイシュ)に語感が似ていることから、経文通り正宗(セイシュウ)のつもりでしたが、江戸っ子はみな「マサムネ」と呼び習わしました。そして灘の酒が「下り酒」として江戸で人気が上がったこともあって、「正宗」の名にあやかる蔵元が続出しました。

ところが1884(明治17)年に商標条例が発令されると、「正宗」という酒銘は懇願者多数で受理されず、普通名詞扱いとなってしまいました。このため「正宗」の頭に○○を冠したものが商標になったのです。

さらに連載記事<「日本酒」はやっぱり凄かった…! 世界でもその技が「抜きんでている」といえる「納得のワケ」>では、日本酒造りにおける高度な技術について解説します。

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