種子島をむしばむ「バブル」と「分断」…対岸の島で始まった新基地建設 密集する仮設住宅に島民の思いは

 林立する建設作業員向けのコンテナハウス。主要道路はトラックの往来が絶えず、漁業も農業も翻弄(ほんろう)される…

 「日米一体化」「南西シフト」の名の下、鹿児島県の無人島、馬毛島(まげしま)で進む自衛隊基地の建設は、対岸にある種子島の日常をむしばみだしている。様変わりする島の今をルポする。(岸本拓也、曽田晋太郎)

◆島をひっきりなしに大型トラックが疾走

基地建設が進む馬毛島。奥は種子島=鹿児島県上空で

基地建設が進む馬毛島。奥は種子島=鹿児島県上空で

 1日朝、東京新聞「こちら特報部」の記者は種子島の北部にある西之表港(鹿児島県西之表市)に降り立った。港のそばにある国道を歩くと、大型トラックが港に向かってひっきりなしに走っていた。

 港近くの納曽(のうそ)地区に暮らす亀沢修一さん(72)は「馬毛の工事が始まってからはいつもこんな感じ。いつ交通事故が起きないか不安ですよ」と話し、こう続けた。「島の生活は一変しました。戸惑いを覚えている島民も少なくない」

◆作業員6000人に達する見込み

 種子島の対岸にかすかに見える無人島の馬毛島では、1月に自衛隊の新基地建設が本格的に始まった。東に12キロの種子島は寝泊まりする拠点になっている。

 二つの島には全国から建設作業員が押し寄せている。西之表市によると、その数は10月末現在で種子島に1550人、馬毛島に580人の計2130人。来年2月にピークを迎え、計6000人に達すると見込まれる。これは種子島の人口の4分の1近くに当たるという。

 「最近は少しマシになったけど、一時はスーパーから弁当や総菜、飲み物が消えて棚が空になった。生活ごみが増えたり、病院や郵便局の待ち時間が増えたりして市民生活に影響している」と亀沢さん。工事関係者が増えたことで島内のホテルは連日ほぼ満室に。賃貸住宅の賃料も高騰したといい「値上げを求める大家から退去を迫られ、市営住宅に入った人もいた」。

◆「島にも戦争が近づいている感じ」

旧種子島空港前に設置された作業員向けの仮設住宅。コンテナを組み合わせて造られ、300人以上が寝泊まりできるという=1日、鹿児島県中種子町で

旧種子島空港前に設置された作業員向けの仮設住宅。コンテナを組み合わせて造られ、300人以上が寝泊まりできるという=1日、鹿児島県中種子町で

 島の変化を象徴するのが、「コンテナハウス」と呼ばれる作業員らが寝泊まりする仮設住宅だ。昨夏ごろから島内の空き地に次々と建てられている。

 島北部の塰泊(あまどまり)地区もそうで、まさにコンテナハウスが建設中だった。この地域で暮らす女性(81)は「そこらじゅうで建ってて『バブル』って言う人もいる。もうかっとるんは地主たちくらい。作業員の人から何か迷惑をかけられたわけじゃないけど…」と顔をしかめ、小さな声でつぶやいた。「馬毛島に基地を造るのは、私は反対」

 馬毛島には漁師だった父がトビウオ漁で通い、女性も島の小屋に遊びに行った。「私の知ってる馬毛島じゃなくなっていくのは悲しい。自衛隊の飛行機を見るとドキッとする。島にも戦争が近づいている感じ」

新基地の港湾施設で使われるブロックの仮置き場になっている旧種子島空港=鹿児島県中種子町で

新基地の港湾施設で使われるブロックの仮置き場になっている旧種子島空港=鹿児島県中種子町で

 女性が何より納得いかないのは、基地建設で地域が分断されたことだ。「毎年お正月に『船祝い』っていうお祭りがあったけど、住民が基地の反対派と賛成派に分かれ、数年前から開かれなくなった。みんなでお酒飲んで楽しい会やったのにね。こんなんで島は幸せになるのかな」と悲しそうな表情を浮かべた。

 種子島中部の旧種子島空港に向かうと、基地の港湾施設用の巨大ブロックが滑走路跡にずらり。そばに300人以上が寝泊まりできる仮設住宅があった。これも作業員用という。

◆漁をやめて「海上タクシー」に…島の産業どうなる

種子島の西之表港。早朝には馬毛島まで作業員を運ぶ海上タクシーの乗り場に=鹿児島県西之表市で

種子島の西之表港。早朝には馬毛島まで作業員を運ぶ海上タクシーの乗り場に=鹿児島県西之表市で

 種子島の基幹産業である漁業にも波紋が広がる。

 西之表市によると、工事が始まった1月から11月までの西之表港の水揚げ量は計約12万7764キロ。昨年同期より32%減で、漁に出る人が少なくなったことが一因という。馬毛島周辺を漁場とする名産のトビウオは7割超の大幅減だった。

 海産物店で働く女性店員は空の水槽を横目に嘆く。「毎朝、作業員を馬毛島まで運ぶ『海上タクシー』をやる漁船が増えた。日当が良いんだって。漁にはあまり出なくなった」

 防衛省から建設会社を通じて漁船に支払われる日当は約8万円という報道もある。港で船を掃除していた男性に聞いてみたが、煙たそうな様子で「そんなことは言えん。あれこれ書き立てられて迷惑している」。

馬毛島で進む基地建設について説明する山内光典さん=鹿児島県西之表市で

馬毛島で進む基地建設について説明する山内光典さん=鹿児島県西之表市で

 波紋は地元の雇用にも。「馬毛島への米軍施設に反対する市民・団体連絡会」の山内光典会長(72)は「島内での仕事を辞め、馬毛の仕事に就く人が100人単位でいる。土木業者も農家も働き手が取られて困っている」と話す。「推進派も『こんなはずじゃなかった』と言う。ホテルは予約できず、観光客が離れる。あと何年も続いたら、産業はどうなるか」

◆馬毛島は米軍の離着陸訓練に使われる見込み

 馬毛島は民主党政権で一時、米軍普天間飛行場(沖縄県)の移設先として検討されたこともあった島だ。現在は日米両政府が海洋進出を強める中国を念頭に南西地域の防衛力強化を図っており、馬毛島の新基地建設はその一環とされる。

 工期は4年を見込む一方、訓練に最低限必要な施設を先行して完成させる予定だ。本年度の当初予算には基地整備関連費として3030億円が計上された。

 新基地では主滑走路(2450メートル)と横風用滑走路(1830メートル)を交差させる。駐機施設や燃料施設、火薬庫を整備し、港湾関連として係留施設や揚陸施設、仮設桟橋も造る計画だ。

 想定される訓練も目を引く。硫黄島(東京都)で行われる米軍空母艦載機の陸上離着陸訓練(FCLP)を移転。自衛隊は、戦闘機の連続離着陸訓練(タッチアンドゴー)や護衛艦「いずも」に搭載を予定するF35Bステルス戦闘機による発着艦訓練、オスプレイや地対空誘導弾パトリオット(PAC3)の展開訓練などが想定される。

◆のんびりした種子島は一変し、二度と元に戻れなくなる

 今後は一層、地元の産業構造が基地依存型になる事態が危惧される。

 米軍岩国基地(山口県)への空母艦載機移駐に反対した元岩国市長の井原勝介さんは「地元の行政も経済界も、新基地を受け入れた見返りとなる国の交付金を頼りに利益を上げる体質になってしまえば、国におんぶに抱っこで頭が上がらない状況になる」と訴える。

 軍用機の事故や騒音被害、標的になるリスクも指摘する一方、「一度お金で基地を受け入れてしまえば既成事実化され、住民もだんだん『仕方ない』と諦めの気持ちが生まれて正面からものが言えなくなる。それが国の狙い」と強調。「使い勝手が良い基地ができれば、米軍含めて有効活用しようとして、人も機能も増えるだろう」と見通す。

 先の山内さんも将来を懸念する。「自衛隊と一体化が進む米軍だけでなく、クアッド(日米豪印の協力枠組み)の訓練が行われてもおかしくない。オスプレイも飛んでくるだろう。のんびりした種子島は一変し、二度と元に戻れなくなる」

◆デスクメモ

 日米一体化という言葉に引っかかりも感じる。一体化といっても対等でなく、上下関係があるのが実態だ。馬毛島も米軍がわが物顔で使い、地元で何も決められない危惧が。民主主義が揺らぐ状況は断じて許されない。基地建設の実害のみならず、一体化の実態も見過ごしてはならない。(榊)

【関連記事】軍事「日米一体化」のリアルを南西諸島で見た 「島にも戦争が近づいている」米軍訓練のための新基地建設も

コメント