二日酔いしにくいから、健康に良さそうだから、などの理由で普段から焼酎を呑んでいる人も多いのではないでしょうか。日本人にとって身近な焼酎は、じつは世界的にみて非常にユニークな特徴を持った蒸留酒なのだそうです。
焼酎の研究を40年以上続けてきた鹿児島大学客員教授の鮫島吉廣さんは、焼酎には「七不思議」があると言います。
不思議な焼酎を科学的な視点から深堀りした新刊『焼酎の科学』(鮫島吉廣・高峯和則:著/講談社ブルーバックス)より、プロローグを特別編集してお届けします。
蒸留酒は「湯気の集まり」
焼酎は、日本人にとって身近なものですが、蒸留酒としてはじつに不思議なお酒です。
焼酎の本場では焼酎が清酒と同じように飲まれてきたので、かつては蒸留酒であることを知らない人も多くいました。
すごくおおざっぱに言うと、清酒を蒸留したのが焼酎(米焼酎)、ワインを蒸留したのがブランデーという関係になりますが、ブランデーは食中酒であるワインの代わりにならないのに、焼酎はブランデーと同じ蒸留酒でありながら醸造酒の清酒と同じように食中酒として飲まれています。
醸造酒と蒸留酒。アルコール発酵させた液体(モロミ)を搾ったりろ過して造られるのが醸造酒。モロミを沸騰させて出る湯気(ベーパー)を冷却して液化して得られるのが蒸留酒〔図:『焼酎の科学』より〕
「湯気の集まり」である蒸留酒が、醸造酒のように飲まれるのは不思議なことです。同じ原料を使ったとしても、醸造酒と蒸留酒は全く異なる酒になるのです。それなのに、どうして蒸留酒である焼酎が、醸造酒である清酒と同じように飲まれるのでしょうか。
焼酎の蒸留酒らしからぬ不思議さは、いろいろあります。その例を紹介しましょう。
これらの不思議さについては、本書を読み進めるなかで理解が深まっていくことと思います。
【不思議1】市場をひろげながら風土性を失わない不思議
焼酎市場は、いまや全国に拡大しました。本格焼酎は、単式蒸留焼酎の製造免許を受けた場所であれば全国どこでも製造できるにもかかわらず(奄美群島区でしか製造できない黒糖焼酎が、唯一の例外です)、芋焼酎は旧薩摩藩(鹿児島、宮崎南部)、米焼酎は熊本県人吉地方(球磨)、麦焼酎は長崎県の壱岐と大分、泡盛は沖縄、などと主な生産地が変わらないのはどうしてでしょう。
市場が広がっていくと、風土性は薄まっていくのが一般的な傾向です。しかし焼酎は、風土性が大事にされている珍しい酒なのです。
風土性は、必ずしも土地に由来するものだけではありません。伝統的な焼酎の産地である薩摩、球磨、壱岐は、それぞれサツマイモ、米、麦などの原料が風土性の根幹をなしていますが、泡盛の原料はタイ米で、その風土性は琉球王府の酒としての歴史に由来します。
大分は、焼酎の産地としては新興地域でありながら、軽快な新しいタイプの麦焼酎の酒質が風土性を作っているという違いもあり、必ずしも原料由来ではない面白さがあります。
製造者の規模も大中小さまざまでありながら、その規模に応じた情報を発信し、淘汰されることがほとんどありません。大が小を呑むのではなく、数の多さがそれぞれの土地の焼酎文化を創り出し、風土感の醸成に貢献しています。
【不思議2】蒸留酒であるのに健康性を持つ不思議
蒸留酒はアルコール度数が高いために、健康に悪いと思われがちです。現に西欧諸国では、飲むならワインのような醸造酒を飲めといわんばかりの高い酒税が、蒸留酒には課されています。
しかし、日本の焼酎は酔い覚めが良いといわれ、蒸留酒の世界では健康に良いイメージを持つ例外的な蒸留酒で、かつては酒税も格安に設定されていました。この健康性の背景には、蒸留酒でありながら食中酒であること、そして、水やお湯で割って飲むことが多いため、飲酒時のアルコール度が低いことがあります。
麴を用いるアジアの蒸留酒は、そのアルコール度数にかかわらず、すべて食中酒です。これは西洋の蒸留酒との大きな違いです。例えば中国の白酒(パイチュー)は、火のつくような高濃度(アルコール度数40~60度程度)の酒をストレートで飲みます。しかし、必ず中華料理を食べながら飲んでいます。
日本の焼酎の一般的なアルコール度数は25度で、蒸留酒としてはただでさえ低い度数ですが、これを薄めて飲むので、結果的に蒸留する前のモロミのアルコール度よりも低い度数で飲まれるという点で、奇妙な蒸留酒でもあります。そして、どんな料理にも合う特性を持っています。どうしてこのような特性が生まれたのでしょう。
【不思議3】蒸留酒なのに醸造酒のように飲める不思議
私たちが焼酎を飲む場面を考えてみましょう。グラスにお湯割りが入っていて、目の前には酒の肴があります。きわめて日常的な光景です。
そこで、グラスの中を清酒のお燗に置き換えたとしても、清酒なのか、焼酎なのか見分けがつきません。見た目が透明で同じ、アルコール度数もほぼ同じ、酒の温度もほぼ同じ、さらに酒の肴まで焼酎と清酒は同じです。
蒸留酒である焼酎が、醸造酒である清酒と同じように飲まれているのです。
蒸留酒である焼酎も、醸造種である日本酒と同じように、肴とともに楽しまれている photo by gettyimages
ワインを蒸留すれば酒税法上ブランデーになりますが、ブランデーはワインの代わりにはなりません。ブランデーとワインは見た目も違えば、飲むシーンも肴も異なります。言うなれば、清酒と焼酎は、味噌汁と味噌汁の湯気(を冷却したもの)の関係になります。味噌汁の湯気が味噌汁の代わりになるなんて不思議なことです。
【不思議4】0.2%の不思議
焼酎のボトルに「アルコール度25%」とあるとき、残りの75%は何でしょうか?(ちなみに、ボトルに記載されているアルコールとは、エチルアルコールのことを言います)
残りが”水”であれば、すべての焼酎はエチルアルコールの希釈ということになってしまって、焼酎の個性の違いは説明できません。
じつは焼酎の中には、ごくわずかの微量風味成分が含まれています。全部合計してもわずかに0.2%程度にしかなりません。さらにこの0.2%のほとんどが、米焼酎、麦焼酎、芋焼酎などで共通に含まれる成分です。ですから、例えば芋焼酎の中に「芋焼酎らしい成分」というのは0.2%よりもずっと少ない、ごくごく微量しか含まれていないのです。
しかし、この微量成分が、焼酎造りにとっては焼酎らしさを作り出す命なのです。そのごく微量の成分をバランスよく取り込むために、芋の品種を選び、収穫後の鮮度に気を遣い、杜氏がこまやかな製造管理をおこなっているのです。
【不思議5】どんな原料でも酒にできる製法の不思議
酒の製造法は、基本的にはその原料を使いこなすために生み出されたものです。
ウイスキーやビールは麦芽のための製法で、まず、麦芽を高温で糖化し、甘い糖液を作り、これを発酵させます。清酒は、米のための製法です。米麴と蒸米と水をセットにして低温下で徐々に増量させながら発酵させていきます。
しかしながら焼酎(泡盛を除く)は、多様な原料を使いながら、どれもほとんど同じ製法で造られます。一次モロミと呼ばれる酒母に主原料を加えて、二次モロミを造り発酵させる二次仕込法と呼ばれる製法です。詳しくは『焼酎の科学』の「第3章 焼酎ができるまで」でお話ししていきますが、この製法の違いが結果的にウイスキーは樽熟成で、焼酎は新酒で飲む飲酒文化の違いにつながっています。
焼酎は、主原料を変えても同じ製法で造ることができます。昭和50年代に多彩な原料を用いた焼酎ブームが巻き起こった要因も、この万能型の製造法にあります。このような製法が、どうしてできあがったのでしょう。
【不思議6】高い温度で発酵させるのに腐らない不思議
酒造りの過程で雑菌に汚染されると、酸っぱかったり、不潔なニオイがしたりと、飲みづらい酒になってしまいます。これを腐造(ふぞう)と呼んでいます。この腐造を防ぐために、酒造りには常識があります。
微生物汚染を防ぐために低温で発酵させると、発酵期間が長く必要になります。高温(約30℃前後)で発酵させると、発酵は速くなり汚染されやすいので、発酵期間は短くなります。前者の低温長期発酵の例が清酒やビールで、後者の高温短期発酵の例がウイスキーです。
腐造しやすい状況や環境で味わい深い焼酎ができる不思議。写真は甕仕込みの様子 photo by gettyimages.
ところが、焼酎は高温で長期間発酵させます。南国の暑いところで、サツマイモのような腐造しやすい原料を用いて、長期間、それも汚染されやすい開放状態で発酵させても、汚染されずに安全に発酵させることができる不思議な製法です。この製造法はできたての新酒でおいしく飲めて、お湯割りでおいしさが引き出されるといった焼酎の特徴的な味わいにも大きな影響を与えています。いつごろ、だれがこんな製法を考え出したのでしょう。
【不思議7】蒸留酒なのに新酒が旨い不思議
外国の酒造家が焼酎蔵に来ると、必ず口にする質問が二つあります。ひとつは「蒸留酒なのになぜ熟成させないのか」、もうひとつが「せっかく蒸留したのになぜ薄めて飲むのか」という2点です。
短期間で発酵が終了し、2回蒸留してアルコール度を高めるウイスキーは、できたての原酒が荒々しく熟成が不可欠です。それに対し、長期間発酵させ1回の蒸留で造られる焼酎は、できたての新酒でも旨みを備えているのです。
新酒が旨いのは焼酎の特徴で、芋焼酎の蔵では新酒が出回る10月から11月にかけて、蒸留酒に珍しく新酒祭りが蔵ごとに開かれ、秋の風物詩になっています。
新酒で飲めるだけに、焼酎(泡盛を除く)では熟成の技術が発達しなかったともいえます。熟成させるようになったのは近年のことです。
もうひとつの質問、薄めて飲むのはなぜでしょう。蒸留前の芋焼酎モロミのアルコール度は14度前後で、穀類焼酎では18度くらいです。これを蒸留すると、原酒のアルコール度は、芋焼酎で37度前後、穀類焼酎で40度前後になります。飲むときはお湯や水を加え、アルコール度10~15度に薄めて飲みます。つまり、蒸留前のモロミのアルコール度より低い度数で飲んでいるわけで、これでは何のために蒸留しているのかわかりません。
芋焼酎のモロミはドロドロしていて、清酒のように搾って酒にすることはできないため、蒸留するしかありません。つまり、焼酎の蒸留は「アルコール度を高めるため」ではなく、「アルコールを取り出すため」に蒸留しているといえます。ですから、ウイスキーやブランデーなどの蒸留酒とは違って、アルコール度が高いほど高級酒といった考え方は焼酎にはないのです。
さらに連載記事<意外と知られていない…日本人のうち「酒を飲める人」が多い「都道府県」>では、おいしくて体にも良い焼酎の秘密をご紹介していきます。
鮫島 吉廣 高峯 和則 著
身近な存在ながら、じつは非常に特殊な蒸留酒、焼酎。どんな原料でも焼酎にできて、蒸留酒なのに新酒でも旨く、健康にも良い。蒸留すればただの「湯気の集まり」のはずなのに、さまざまな個性的な風味も持っている。
知るほどに驚く、焼酎の世界へご招待します!
◆主な内容
- プロローグ 焼酎に秘められた「七不思議」 ――神秘的な酒、本格焼酎の魅力
- 第1章 焼酎500年の旅 ――その歴史から見えてくる日本独特の酒文化
- 第2章 本格焼酎を知るための基礎知識 ――発酵、麹、酵母とはなにか
- 第3章 焼酎ができるまで ――麹の力、杜氏の技、蒸留と熟成の科学
- 第4章 最大の謎「風味」の科学 ――何が焼酎の味を左右するのか?
- 第5章 健康を考えるなら焼酎 ――のんべえに優しい魅惑の酒
- 第6章 読むほどに旨くなる飲み手の流儀 ――おいしさを科学する
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