400年を瞬間移動。薩摩の屋敷群に吹く令和の風「DENKEN WEEK」

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江戸時代の武家集落の面影を残す、出水麓武家屋敷群(鹿児島県出水市)で

碁盤の目のように区切られた街並み、川石を丁寧に積み上げた石垣。出水麓武家屋敷群(鹿児島県出水市)は、江戸時代の武家集落の面影を残す国の重要伝統的建造物群保存地区(略して重伝建地区)である。東京ドーム9個分とも言われる広さを有し、その圧倒的な存在感で、江戸時代と令和時代をつなぐ。
今もなお、居住区域として活用される場ではあるが、所有者の高齢化による維持管理が問題となっている。若年層が減り、空き家が増えるという風景は、全国あまたある課題とそう違わない。
それでも手をうつべく、今回、アートイベント「DENKEN WEEK IZUMI 2022」が開催された。出水麓の武家屋敷と本町商店街を舞台に、鹿児島ゆかりの作家たちの作品に触れられるイベントが、現地をどう変えたか。関係者に聞いた。

アートイベント「DENKEN WEEK IZUMI 2022」

守ることに長けた「出水麓」武家屋敷群

鹿児島県の北西部に位置する出水市は、日本最大のツルの渡来地として知られている。自然豊かな地域でもあり柑橘系も充実、鶏を中心とした農畜産業も盛んだ。今回の舞台となる薩摩藩最大規模の「出水麓」武家屋敷群も忘れてはいけない。
時を400年ほど戻し江戸時代。薩摩藩は地方支配の拠点「外城」を設置した。ここで政務や地方警護を担ったのが武士で、彼らの住まいと陣地を兼ねた町を「麓」と呼んでいた。出水市にある「麓」は、当時、肥後国(現在の熊本県)との境に近かったことから、防衛上重要な場所と認定された。鹿児島城(鶴丸城)を中心に、藩内各地に整備した外城の周辺に造られた武家屋敷群は、江戸時代末には最大120に。今でも約150戸の武家屋敷が現存しているという。

現在でも約150戸の武家屋敷が現存する
「当時、出水麓の外城は、薩摩藩内で最初に築かれ、規模も最大規模でした」
こう語るのは、株式会社つぎと兼同社現地法人である株式会社いづるのマネージャーを務める小野由貴氏。選りすぐりの屈強な男たちが集められ、この地を守ったという。外圧を跳ね除け、地域の生活を守ることには、想像以上に厳しい日々があったのだろう。今もなお、そういった気概ある文化が残っているとも教えてくれた。

出水市役所商工観光部観光交流課・吉永涼氏
出水市役所の商工観光部観光交流課・吉永涼氏は、地域の課題を話してくれた。
「出水麓武家屋敷群の中には、50を超える武家屋敷がありますが、そのほとんどは現在も住宅として使用されています。と同時に、所有者の高齢化による維持管理の困難や空き家増加が進んでいるのです。新築・増改築の際は規制がかかる地域でもあります。若者世代の定住率も高くはありません。
そういった現実のなかで、なにができるのか。観光振興及び交流人口の増加が私たちの目の前のテーマとなっています。幸運なことにこの地域には特異な文化と景色があります。歴史的建造物であるため保存を最優先することは間違いないのですが、並行してどう活用していくのか。その一歩目を踏み出したところでもあります」
守ることに長けた地域において、どう時代に合った攻めを実践するか。模索は始まったばかりだ。

姉妹都市、台湾・埔里鎮との二都共同開催

DENKEN WEEKは、出水市の伝建地区を舞台に、この地域にある食文化や建物、街並みについて、改めて気づくという視点を提供するアートイベント。一昨年に続く開催となっており、今回は、出水市の姉妹都市である台湾の埔里鎮(プーリーチン)との共同開催だ。
出水の会場では、写真家・濱田英明氏の作品をはじめ、鹿児島にゆかりある作家の作品がいたるところに展示された。今回のイベントでは、伝建地区だけでなく商店街も舞台となり、出水の人や風景を作品として現地に届けた。


作家陣を集めたのは、鹿児島のデザインオフィス Judd.(ジャッド)だ
こういった作家陣を集めたのは、鹿児島のデザインオフィス Judd.(ジャッド)だ。書籍『ぼくの鹿児島案内』(編集:岡本仁、出版:ランドスケーププロダクツ)などの制作に携わり、地元で人気のフリーペーパー『Judd.』も発行している。「鹿児島県には木工・陶芸などの若いクラフト作家が多い」として、代表を務める清水隆司氏も積極的に同イベントに関わった。
「職業柄でもあるんですが、なんらかのカタチでものづくりに携わっている人が周りに多いです。ですので、こういったイベントを実施する際には、補助金をとって展開するのでなく持続可能なイベントにするために、自然な成り立ちでつくり手を巻き込んで、彼らに楽しんでもらうのが良いのではと思います。書類でどうこうではなく、顔と顔を合わせながらね、そういう時に本当の協力者に出会えるんだと思います」

「鹿児島にはクラフト文化がある」と話す清水隆司氏
鹿児島にはクラフト文化があるという清水氏。ものづくりだけではなく、それを買って、使ってと、文化を継承していく土壌もあると分析してくれた。いま、新たに生まれようとしている文化が、「DENKEN WEEK」のような若者を巻き込んだもの。今回、多くの若者が現地を訪れ、現地の方々と交流した。「地元の方々にとっても新鮮だったんじゃないでしょうか」と、清水氏も目を細める。

「出水中央高等学校吹奏楽部」の学生たちも被写体に

武家屋敷に展示されたカメラマン・濱田英明氏の作品。被写体になったのは出水中央高等学校吹奏楽部の学生たちだ。演奏者として今回のイベントに関わる彼女たちも武家屋敷に訪れた。

イベント開催前、主催の株式会社いづる(前・株式会社NOTE出水)の小野氏は、関係者との連携に多くの時間を使ったという。出水本町通り商店街・武家屋敷群の住民・保存会・市・観光特産品協会など、ステークホルダーは少なくない。守ることに長けた地域であるからこそ、最初の一歩目には慎重だ。それでいて、実際にイベントが始まると、人と人、想いと想いがつながりはじめたと小野氏は振り返る。
「開催前は武家屋敷を守るため、懸念も多かったはず。それでも開催前に草刈りをしてくれた方がいらっしゃいました。また、来場者に対して街や作品の説明をしてくださったり、お茶を出してくださったりと……。武家屋敷の造りを活かした展示を喜んでいただき、協力の輪が広がることを実感できました」 混在するステークホルダーたちがそれぞれに── 地域には様々な歴史があり、それを大切に守る者や、再定義してリブランディングする者、そして、それを広く伝える者と、ステークホルダーが混在する。それぞれが同時に同じ絵を描くのはそう簡単ではない。しかしながら、若者が実際にこの地を訪れ、食文化や建物、街並みの魅力に気づく機会が“きっかけ”の一つになったことは、主催者の誰もが認識しているところである。
地域には様々な歴史があり、それを大切に守る者や、再定義してリブランディングする者、そして、それを広く伝える者と、ステークホルダーが混在する。それぞれが同時に同じ絵を描くのはそう簡単ではない。しかしながら、若者が実際にこの地を訪れ、食文化や建物、街並みの魅力に気づく機会が“きっかけ”の一つになったことは、主催者の誰もが認識しているところである。
結果的に、1日100名以上のお客さんが来場した「DENKEN WEEK IZUMI 2022」。「地元のお母さんとお茶会中です」と、笑みをこぼした青年が印象的であった。文=上沼祐樹  編集=石井節子

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