「鹿児島焼酎の文化を変える」。蔵元を訪ね、造り手の情熱に触れる「蔵旅」。後編

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鹿児島焼酎 蔵旅 後編

Kagoshima Kura-tabi

木の香りが特徴。古式かぶと釜蒸留器を使った焼酎造りに挑む「大石酒造」。

「全国に鹿児島焼酎の魅力を広め、文化を変えたい」。
実業家であり、食通として知られる本田直之氏の強い思いから始まった「蔵旅」。麻布十番『十番右京』オーナーの岡田右京氏、虎ノ門『つかんと』のオーナー兼ソムリエ・大橋直誉氏、渋谷『(惚)オ向イ上ル』オーナーの松永大輝氏、港区『膳処末富』オーナーの末富信氏の4名とともに、鹿児島県内の5軒の焼酎蔵を巡りました。
2日目に向かったのは、海沿いの街に拠点をもつ「大石酒造」です。「蔵旅」は、本田氏を含む参加者の5名が事前に約30本の鹿児島焼酎のテイスティングを行い、その中から最も興味を持った5銘柄の蔵元を巡ります。訪問先に「大石酒造」を選んだ理由について、ソムリエの大橋氏はこう語ります。「東京でテイスティングした『かぶと鶴見』のウッド系の香りが個性的で、何に由来してこうしたフレーバーが生まれているのかを知りたいなと思ったのです」。
大橋氏も興味を持っていた木の香りの秘密は、古式かぶと釜蒸留器を使った古典的な製法にありました。古式かぶと釜蒸留器とは、木樽と「かぶと」とよばれる冷却用水受け等で構成された蒸留器。周りから温めながらじっくりと時間をかけて少しずつ蒸留することにより、一気に加熱して蒸留した焼酎に比べて繊細で口当たりのいい味わいに仕上がるのが特徴です。しかし、手間と時間がかかるうえ、少量しか生産できないため、現代ではあまり使われなくなってしまった蒸留器でもあります。「『かぶと鶴見』を最初にリリースしたのは1996年。焦げ臭のすくない、やわらかな口当たりの焼酎を造りたいと思ったことが開発のきっかけでした」と、5代目の大石啓元さんはこだわりを見せます。
末富氏は「木樽に由来する木の香りが心地いいので、肴がなくても焼酎だけで十分楽しめる。また、鹿児島焼酎のフレーバーが多様になっていることが自分にとっては大きな発見です。焼酎の味わいの幅が広がれば広がるほど、僕たち売り手もお客様に提供するのが楽しくなる」と、興味津々です。岡田氏も「トレンドを掴んだ焼酎を造っている割に、『大石酒造』は東京ではまだ知られていない印象。もっと広めたい」と、意欲を見せます。

中央は社長で大石酒造の5代目・大石啓元さん、両脇には娘の晶子さんとその夫の恭介さん。

中央は社長で大石酒造の5代目・大石啓元さん、両脇には娘の晶子さんとその夫の恭介さん。

「大石酒造」では丁寧な手仕事を大切にしている。

「大石酒造」では丁寧な手仕事を大切にしている。

代表銘柄の「鶴見」の名前は、「大石酒造」がある阿久根市が1960年頃までは鶴がズラーっと集まる場所だったことにちなんでいる。

代表銘柄の「鶴見」の名前は、「大石酒造」がある阿久根市が1960年頃までは鶴がズラーっと集まる場所だったことにちなんでいる。

鹿児島焼酎 蔵旅 後編

Kagoshima Kura-tabi

クラシックを流し、焼酎に音を響かせながら仕込む「田苑酒造」。

鹿児島といえば芋焼酎のイメージが強いですが、麦焼酎に力を入れる蔵も少なくありません。そのひとつが、創業1890年の「田苑酒造」。ここでは、1982年に日本で初めて樽貯蔵の麦焼酎を開発しました。
貯蔵用の樽はウイスキーに使われるオーク材を中心に、桜材やシェリー酒に使った古樽も使うそう。これにより、焼酎にカラメルやバニラのような甘い香りや、まろやかな味わいに仕上がりになるのが特徴です。また、液体が美しい琥珀色になるのも樽ならでは。
一方で、樽ごとに個体差があり香りのつき方がかわるため、ステンレスタンクで貯蔵する場合に比べて焼酎の味わいにブレがでるのも事実。そこで、ブレンダーと呼ばれる人が、樽ごとに味わいをチェックし、ブレンドして味と色を調整しながら一定した「田苑酒造」のクオリティを保っています。
また、「田苑酒造」のもう一つの特徴が、1990年からはクラシック音楽で発酵や熟成を促す「音楽仕込み」を軸に焼酎造りをしていること。音楽を「トランスデューサ」という特殊なスピーカーによって振動に変換し、一次仕込みタンクや貯蔵タンクに直接響かせているのです。現在、「田苑酒造」ではトランスデューサ1,112個を稼働させ、もろみの一次仕込みで5〜6日、製品の瓶詰め前の貯蔵で2週間、音楽仕込みを行っているといいます。
「最初は工場見学に来た方に向けてBGMとしてクラシックを流していたのです。あるとき、蔵人が『スピーカーに近いタンクだけ発酵が早い』と言い出し、スピーカーの位置を変えるなど試行錯誤の末、音楽を聴かせることで酵母が活性化することがわかったのです」と、松下英俊杜氏。また、クラシック音楽のセレクトについては「モーツァルトの『ジュピター』をはじめ交響曲をメインに30曲以上流しています。さまざまな楽器が使われる交響曲は音域が広く、ゆるやかな振動で発酵を促す。これにより、我々が求めるやわらかな口当たりに近づく」と言います。

敷地が広大なため焼酎を寝かせられるスペースも広く、10年、20年と貯蔵している原酒もある。

敷地が広大なため焼酎を寝かせられるスペースも広く、10年、20年と貯蔵している原酒もある。

音楽を振動に変換する「トランスデューサ」を装着した木樽。

音楽を振動に変換する「トランスデューサ」を装着した木樽。

左から松下英俊杜氏、中永田 浩工場長。

左から松下英俊杜氏、中永田 浩工場長。

樽に由来する琥珀色の液体が美しい。

樽に由来する琥珀色の液体が美しい。

鹿児島焼酎 蔵旅 後編

Kagoshima Kura-tabi

金山の地下で焼酎を長期貯蔵。トロッコで巡る「濵田酒造 薩摩金山蔵」。

一行が最後に目指したのは、「濵田酒造 薩摩金山蔵」。ここは、かつての薩摩藩を支えた串木野金山です。350年以上にわたって掘り続けられた坑洞の総延長は120km。坑洞内は年間を通して気温が一定で焼酎の貯蔵・熟成に適していることから、「薩摩金山蔵」ではここに甕仕込みと甕貯蔵の蔵を構えたのです。鹿児島に112蔵あれども、坑洞内に蔵をもつのは「薩摩金山蔵」だけ。代表銘柄「薩摩焼酎 金山蔵」では、金山蔵にちなんで幻と呼ばれた「黄金麹(おうごんこうじ)」を使用しています。
「金山で長期貯蔵しようという発想がユニークですよね。トロッコで焼酎を運び出すのは大変なことなのに、その労力を惜しまない。焼酎作りに対するこだわりと情熱が伝わってきます」と、大橋氏。岡田氏も「実際に自分が足を踏み入れることで、ひんやりとした空気を感じたり、坑洞内特有のしんとした静かな雰囲気がわかったりする。自分のお店で焼酎を提供するときに『黄金麹(おうごんこうじ)で仕込み、金山坑洞内で貯蔵を行う』という言葉を添えるだけで、お客さまも楽しんでくれそう」と言います。

トロッコに乗って坑洞へ。このトロッコで焼酎の甕を運ぶことも。

トロッコに乗って坑洞へ。このトロッコで焼酎の甕を運ぶことも。

坑洞は総延長120km。外が暑い時期でも、坑洞内の空気はひんやりとしていて涼しい。

坑洞は総延長120km。外が暑い時期でも、坑洞内の空気はひんやりとしていて涼しい。

金山として栄えた時代の名残がある趣深い場所で焼酎を貯蔵する。

金山として栄えた時代の名残がある趣深い場所で焼酎を貯蔵する。

代表銘柄「薩摩焼酎 金山蔵」。熟成したまろやかさと苦味、キレのバランスが絶妙。

代表銘柄「薩摩焼酎 金山蔵」。熟成したまろやかさと苦味、キレのバランスが絶妙。

鹿児島県内の5蔵を巡った「蔵旅」。松永氏は、その感想をこう語りました。「代々受け継がれる代表銘柄を大切にしながらも、熟練の職人たちが今でも新しいことに挑戦し続けている。その情熱に感動しました。同時に、だからこそ、鹿児島焼酎のフレーバーや味わいの幅がどんどん広がっているのだなと納得。鹿児島焼酎の面白さや美味しさを自分の言葉で語りながら、全国に、そして世界へと広めていきたいです」。この言葉を受けて、本田氏はこう締めくくります。「シャンパーニュには、『シュヴァリエ』といってシャンパーニュの伝導、発展に寄与する人々に称号を与える伝統があります。今回の『蔵旅』に参加した東京の料理人・ソムリエが鹿児島焼酎のシュヴァリエ的存在になって、その魅力を全国に広めてくれることを期待しています」。
Supported by 鹿児島県酒造組合
Produce by think garbage Inc.
Photographs:KAYOKO UEDA
Text:AYANO YOSHIDA

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