「鹿児島焼酎の文化を変える」。蔵元を訪ね、造り手の情熱に触れる「蔵旅」。前編

 

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鹿児島焼酎 蔵旅 前編

東京で飲んでいるだけでは知り得ない、造り手のストーリーを知る「蔵旅」。

「芋の香りがきつい」、「クセが強い」。鹿児島の芋焼酎に対するそんなイメージをアップデートすべく、2021年から始動したのが「蔵旅」です。発起人は、実業家であり食通でもある本田直之氏。「僕が一番強く思っているのは、鹿児島焼酎の文化を変えたいということ。フルーティーであったり、味わいがすっきりと洗練されていたり、とてもいい造りの本格焼酎が増えています。日本酒にブームが起きたように、焼酎も全国でもっとフィーチャーされるべき」と、鹿児島焼酎に対する思い入れを語ります。
「蔵旅」では、東京の料理シーンを代表するスペシャリストたちが鹿児島に足を運び、焼酎造りの現場を見て学び、そして造り手と言葉を交わしていきます。「東京でただテイスティングするだけではなく、造り手の思いに直に触れることで、より深く鹿児島焼酎に惚れ込むことができる。そして東京に戻ってから、自分で体感したストーリーをお客さまに熱く語りたくなる。そんなふうにパワフルに焼酎の魅力を広めていき、ムーブメントを起こしたい」と、本田氏は「蔵旅」のねらいを解説します。
参加したのは、麻布十番『十番右京』オーナーの岡田右京氏、虎ノ門『つかんと』オーナー兼ソムリエの大橋直誉氏、渋谷『(惚)オ向イ上ル』オーナーの松永大輝氏、港区『膳処末富』オーナーの末富信氏の4名。まずはメンバー全員で約30本の鹿児島焼酎のテイスティングを行い、「蔵旅」で巡る5蔵を選ぶところからこの旅はスタートしました。

鹿児島焼酎のなかには香りがフルーティーな銘柄も増えたことから、ソーダ割にしてスッキリと爽やかに飲む楽しみ方も一般的になってきた。

鹿児島焼酎のなかには香りがフルーティーな銘柄も増えたことから、ソーダ割にしてスッキリと爽やかに飲む楽しみ方も一般的になってきた。

鹿児島焼酎 蔵旅 前編

Kagoshima Kura-tabi

仕込みに温泉水を使った芋焼酎「海」でその名を広めた「大海酒造」。

一行がまず向かったのは、大隅半島の鹿屋市に拠点を持つ「大海酒造」。地域の9つの蔵が結集したこの蔵では、鹿児島焼酎の伝統的な造り方を受け継ぎつつ、地域の人との関わりを大切にしながら焼酎造りを続けています。「長年、地域の人に日常に呑んでもらう地元酒を造り続けてきました」と話すのは、代表取締役の河野直正氏。「世間的には物価高に伴う価格改定が進んでいますが、地元酒は100円値上げしただけでもお客さんが離れてしまう。地域限定販売の焼酎をラインナップの一つとして取り揃えることで、地域の人々の食卓に寄り添っています」。
その一方で、全国に流通させる焼酎を造る際には新しいことにも挑戦しています。たとえば、東京の飲食店でも見かけることの多い「海」は、仕込み水に垂水温泉水「寿鶴」を使った個性的な芋焼酎。温泉水を使うことによって、やわらかな口あたりに仕上げています。「開発当時、地元では『こんなの焼酎じゃない』と言われてしまいました。しかし、東京で売れるようになったら急に地元でも注目を集め始め、今では地域を代表する銘柄のひとつとなりました」と、河野氏はその歴史を語ります。
そして、「蔵旅」のメンバーを魅了したのは有機栽培の茶葉を使用した「茶房大海庵」でした。まろやかな飲み心地のなかにお茶の香りとほどよい渋味があり、岩のりや牡蠣といった和食にピッタリの焼酎です。
斬新な手法に挑戦しつつも、着実に飲み手の心を掴む新商品をリリースし続けている大海酒造。これを支えているのが、実力派の杜氏の技術力です。この蔵で1999年より杜氏を務めている大牟禮良行氏は、昨年、厚生労働省が卓越した技術を持つ職人を表彰する「現代の名工」を受賞した人物。焼酎の杜氏としては、これまでで大牟禮氏を含めて5人しか受賞していない名誉ある賞です。
ソムリエの大橋氏もまた、「地元の人のために伝統的な地元酒を作り続けるという強い信念と、新しいことに挑戦することの両輪をバランス良くまわしているのがこの蔵の魅力」と、語ります。

「現代の名工」受賞を記念して作ったオリジナル焼酎「平々凡々」をかかげる大牟禮良行氏。

「現代の名工」受賞を記念して作ったオリジナル焼酎「平々凡々」をかかげる大牟禮良行氏。

契約農家から仕入れた良質のさつま芋「コガネセンガン」。見た目が白いのが特徴。

契約農家から仕入れた良質のさつま芋「コガネセンガン」。見た目が白いのが特徴。

収穫したばかりのさつま芋を選別。

収穫したばかりのさつま芋を選別。

左から温泉水を使った「くじら」、茶葉の香りを含ませた「茶房大海庵」、大海酒造の代表銘柄「海」。

左から温泉水を使った「くじら」、茶葉の香りを含ませた「茶房大海庵」、大海酒造の代表銘柄「海」。

鹿児島焼酎 蔵旅 前編

Kagoshima Kura-tabi

国分酒造

2軒目に訪れたのは、霧島市の国分酒造です。ここは、なんといっても鹿児島焼酎界レジェンドとも言われる安田宣久氏が杜氏を務める焼酎蔵。御年71歳の安田氏の功績は数知れず、たとえば業界で初めて、米麹を使わずに芋麹を使ったさつまいも100%の芋焼酎「いも麹芋」を開発したり、大正時代の芋「蔓無源氏」の復活に取り組み、当時の手法で仕込んだ「蔓無源氏(つるなしげんぢ)」を開発したりと、鹿児島焼酎の歴史に名を刻んできました。
近年のヒット作は、柑橘の香りが広がる「フラミンゴオレンジ」や、ミントのようなすーっとした風味が印象的な芋焼酎「クールミントグリーン」です。それにしてもなぜ、芋焼酎からオレンジやミントのような香りが? その秘密は、減圧蒸留という手法と香り酵母にあるそう。「一般的に芋焼酎は常圧蒸溜でどっしりとした味わいを出しますが、減圧蒸留にすると味わいがライトになり香りが立つのが特徴。この醸造法に合う麹を探すなど、試行錯誤の末にこの2銘柄が誕生しました」と、安田氏は振り返ります。
また、国分酒造の代表銘柄の一つであり、安田氏の名字を冠した芋焼酎「安田」はマスカットやライチなど果物系の風味があり、華やかな香りで人気を博した銘柄です。岡田氏も「『安田』は都内でも人気で、自分のお店でも大量に仕入れています。お客さまの評判も抜群にいいです」と、その魅力を語ります。
実はこの独特の味わいは、偶然の産物だそう。「2012年の仕込みの際、たまたま傷んだ芋が混じってしまっていたんです。はじめは焦げ臭が気になりましたが、半年ほど貯蔵するうちに果実香が強くなってきたので、出荷することにした。呑んだ人はどんな反応をするだろうと不安でしたが、予想に反して評判がよかったんです」と、安田氏。翌年は焦げ臭がでないように作ったところ、前年の味を知る人から「物足りない」と指摘されて、元の作り方に戻したというのです。
実際に蔵に足を運んでこそ聞ける裏話に、一同は興奮気味。大橋氏も「偶然の繰り返しが今の東京のトレンドを作った、っていうのが面白い」と、話します。残り3軒の蔵ではどんな発見があるのでしょうか。「蔵旅」は2日目へと続きます。

内田式と名付けられた特殊蒸留機だが、安田杜氏は独自に改造を続けて自分の理想の味が出せる蒸留機にした。機械に刻まれた「内田式」の「内」の文字を、ユーモアをこめて「安」に変えた。

内田式と名付けられた特殊蒸留機だが、安田杜氏は独自に改造を続けて自分の理想の味が出せる蒸留機にした。機械に刻まれた「内田式」の「内」の文字を、ユーモアをこめて「安」に変えた。

「安」田式蒸留機と、安田杜氏。「かなり改造しましたのでね。これくらい変えれば、自分の名前の蒸留機にしちゃってもいいかな、と思って」

「安」田式蒸留機と、安田杜氏。「かなり改造しましたのでね。これくらい変えれば、自分の名前の蒸留機にしちゃってもいいかな、と思って」

安田杜氏、笹山護社長とともにテイスティング。蔵の周囲には畑が広がっている。

安田杜氏、笹山護社長とともにテイスティング。蔵の周囲には畑が広がっている。

伝統的で無骨なデザインのラベルの「芋」(左から二番目)や、「フラミンゴオレンジ」(中央)をはじめとするポップなイラストが印象的な焼酎がバランス良く揃う。

伝統的で無骨なデザインのラベルの「芋」(左から二番目)や、「フラミンゴオレンジ」(中央)をはじめとするポップなイラストが印象的な焼酎がバランス良く揃う。

Supported by 鹿児島県酒造組合
Produce by think garbage Inc.
Photographs:KAYOKO UEDA
Text:AYANO YOSHIDA

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