中国海軍の領海侵入相次ぐトカラ海峡 「庭先を荒らされている気持ち」 担い手不足に悩む漁師の苦悩

漁場を案内する瀬山哲矢さん。周辺海域では中国艦艇の侵入が相次ぐ=4月27日、屋久島沖

 漁場を案内する瀬山哲矢さん。周辺海域では中国艦艇の侵入が相次ぐ=4月27日、屋久島沖

 4月下旬、屋久島の南西約10キロ沖。外海の大きな波に揺れる船上で、祖父の代から漁を続ける瀬山哲矢さん(49)=鹿児島県屋久島町原=は「アオダイやカンパチが狙える最高の場所」と胸を張った。一本釣りやモジャコ漁で生計を立てている。
 島の周辺は天然礁や黒潮の影響を受けた県内有数の漁場。この恵みの海で2021年11月以降、中国海軍艦艇の領海侵入が相次いでいる。防衛省の発表によると、今年2月までに7回。全て測量艦だ。屋久島と十島村・口之島の間の「トカラ海峡」を夜間帯に通過するケースが目立つ。
 「庭先を荒らされているような気持ち」と瀬山さんは不快感を隠さない。屋久島漁協によると、所属漁船のうち約15隻が周辺海域を漁場にしている。鮫島洋一参事(57)は「艦艇の目撃情報がなく実感はないが、これだけ増えれば安心して漁ができない」と戸惑う。
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 国連海洋法条約は、軍艦を含む全ての外国船に「無害通航権」を認めている。沿岸国の平和や秩序、安全を害さない限り、沿岸国の領海を通航できるというものだ。ただ、調査や測量などの活動は無害通航には当たらない。
 海上自衛隊潜水艦隊司令官を務めた日本安全保障戦略研究所の矢野一樹上席研究員(67)は「中国艦艇の航跡を見ると、領海内で測量活動をしているとは考えにくい」と分析する。「屋久島を通過した先に目標の海域があるはず。そこの測量を急いでいる」とみる。
 中国にとってトカラ海峡は、海軍基地のある寧波(浙江省)と太平洋を結ぶ最短航路の一つ。台湾有事などの際に潜水艦が通過する可能性がある。矢野氏は「緊張度は高まっており、できる限りデータを取っておきたいのだろう」との見方を示す。
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 海に不穏な空気が漂う中、漁業者は漁獲量の減少など厳しい環境に直面している。多くの関係者は「魚が捕れなくなった」「担い手がいない」と口をそろえる。目に見えない「緊迫」は窮状に追い打ちをかける。
 農林水産省の漁業センサスによると、県内の漁業就業者数は6116人(18年)で、10年前に比べて2300人減った。各地で高齢化に拍車がかかり、屋久島漁協では正組合員のうち60歳以上が約6割を占めている。
 30年以上前から一本釣りをしている漁師の男性(68)=同町安房=は「出漁日数を1.5倍に増やしても漁獲量は8割程度。生活は苦しい」と嘆く。
 北海道大学大学院の佐々木貴文准教授(水産経済学)は「食料も重要な安全保障だ。漁業は公共性が高いが、厳しさが増している。どう守り、維持していくかも考えるべきだ」と指摘する。
(連載「転換期の空気 安保激変@かごしま」2回目より)

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