父が遺した「売れない実家」を相続…途方に暮れる50代男性に、国税OBの税理士が提案した「1つの対策」

『国税OBだけが知っている失敗しない相続

 相続の現場で頼りになるのが「税理士」だが、その大半は法人税や所得税が専門で、実は制度に詳しくないという。一方、税務署の調査官として様々な事案にふれてきた「国税OB」は、その道のスペシャリストだ。

国税OBだけが知っている失敗しない相続』(坂田拓也 著、文春新書)では、国税OBの税理士たちがこれまで目撃してきた実例をふまえて、相続の「抜け穴」と「落とし穴」を指南する。

 ここでは本書を一部抜粋して紹介。相続した実家を売ろうとしても売れないケースが増えているという。この問題を解決する方法とは?(全2回の2回目/最初から読む

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 人口減少が進み、相続した親の家を売ろうとしても売れないケースが増え、深刻化している。

 兵庫県の都市部でマンションを購入して妻子と住んでいる50代の男性サラリーマン。

 母親はすでに亡く、3年前に父親が亡くなり、1人息子の男性が唯一の相続人となった。

 父親が遺したのは、同県西脇市郊外の自宅と田畑、約900万円の預貯金だった。相続財産は課税ラインに届かず、相続税はかからなかった。

いつまでたっても売れない土地

 男性は相続した後に父親の自宅と田畑は売るつもりだった。相続する時、売れるか不安が頭をよぎったが、何とかなるだろうと考えた。

 3年が過ぎた今も父親の自宅と田畑は売れていない。

 男性は地元の不動産業者に売却を依頼した。「売れる見込みは薄い」と言われたため値付けも任せたが、価格を下げても下げても売れない。仕方なく隣の農家に「引き取って欲しい」とお願いしたが、「ウチだって後継者がいないし、引き取って欲しいぐらいです」と断られた。地元の自治体へ寄付することも考えたが、自治体が寄付に応じることはほとんどないと知った。

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※写真はイメージです ©iStock.com

 男性の負担は小さくない。3年間、車で片道1時間以上かかる父親の自宅に通って手入れし、年間数万円とはいえ固定資産税も支払っている。

 男性はまだ50代。このまま売れなければ、20年、30年と負担だけが続くことになる。そして自分が亡くなれば妻が、妻が亡くなれば子供たちが、子供たちが亡くなれば孫たちが延々と負担を強いられることになる。これは決して他人事ではないだろう。

 秋山清成税理士は「売れない」という深刻さを実感して様々なことを検討し、事前の対策として1つの方法を考えた。

「親が、生きている間に貯金など必要な財産を子供たちに移し、親の財産を不動産など不必要なものだけにして、相続時に相続放棄することです」(秋山税理士)

 実際に秋山税理士は、将来の相続を心配する男性に、この対策を提案した。

2人の子を持つ、70代男性の場合

 家と山林を所有する関西在住の70代の男性。

 男性の妻は亡くなり、40代の長男と長女は独立して家を持ち、男性の家と山林を継いでくれる家族はいない。

 男性は3000万円の預貯金があり、長男と長女に遺したいと思っている。一方で山林は売れる見込みがなく、長男と長女が相続すれば負担になることは明らかだった。

 日本の相続制度では、相続放棄すればすべての財産の相続を放棄するしかなく、必要なものを相続し、不必要なものを放棄することはできない……。

 男性は秋山税理士の提案にしたがって、まず、3000万円の預貯金を長男と長女に半分ずつ贈与した。

 この時は、贈与税のかからない「相続時精算課税制度」を利用した。

 この制度では、60歳以上の父母や祖父母が20歳以上の子供や孫に財産を贈与した時、受贈者1人につき2500万円まで特別控除(非課税)が認められる(利用する時は税務署に申告する)。

 ただし名称の通り相続時に精算するもので、男性の例では、男性が死亡した時に3000万円が男性の財産として加算され、課税対象となる。

 この制度の利点は、贈与した時点の価格で相続財産に加算されるため、成長している会社の株など、将来、価値が上がるものを贈与すれば節税になることだ。逆に、家屋など将来価値が下がるものを贈与すれば、相続税が増えることになる。

 男性が制度を利用したのは、体があまり丈夫ではなく、3000万円の預貯金を贈与するために時間をかけられないからだった。加えて、男性が亡くなった時に贈与した3000万円を相続財産に加えても課税ライン未満のため、相続税もかからない。

 預貯金を贈与した結果、男性の財産は、売れる見込みのない家と山林だけになったため、将来、男性が亡くなった時に長男と長女は相続放棄することになった。

税理士が提案をためらった理由

 秋山税理士は相続税専門の税理士として、この対策を勧めるべきか迷ったという。

「理由は、抜け穴を利用するこうした行為を勧めることは税理士として倫理上の問題を感じるからです。それ以上に、親が子供に預貯金をすべて渡してしまえば、子供が親の面倒を看なくなる恐れがあります」

 それでも親の財産の中に、預貯金などの有用な財産と、売れる見込みのない不動産など無用な財産が混在している時は、他に有効な手立てはないという。

「売れない家は何をしても売れません。深刻な悩みを聞けば手段は選んでいられないとも思います。この問題は個人レベルで解決できるものではなく、国が抜本的な対策を講じなければ、放置された空き家や、所有者が特定できなくなる不動産はますます増えていくでしょう」(秋山税理士)

 なお、借金のある親が多額の財産を子供に移せば債権者への詐害行為になる可能性があり、専門家に確認したほうがいい。

 ちなみにこの男性の場合、贈与を終えてしばらくした時に家と山林は売れる目処が立ったため、秋山税理士の後顧の憂いはなくなったという。

相続放棄で生じる問題

 不動産を相続放棄する時は問題が生じる可能性がある。

 相続人が相続放棄した時は、次の順位の相続人が相続することになるため、次の順位の相続人に相続放棄したことを伝える必要がある。伝えずに、3カ月の期限を過ぎれば相続放棄できなくなるためだ。

 相続人全員が相続放棄した時は、家庭裁判所に「相続財産管理人」の選任を申し立て、財産を処分してもらう。

 東京地裁に聞くと、「相続財産管理人への報酬として原則100万円の予納金を納める必要がありますが、予納金は余れば申立人に返還されます」とのことだった。

売れなければ国庫が引き取る?

 財産を相続しないのに100万円を支払うのは理に合わないが、それより、売れない不動産は相続財産管理人でも売れない可能性が高い。長い期間売れず、予納金が尽きれば追加で予納金を納める必要があるのか、東京地裁に聞いても明確な回答は得られなかった。

子供から切り出すタイミング

 子供から切り出す時は、親が元気なうちに話したほうがいい。親が弱ってくると余計に言い出しにくくなる。

 最近では、事業をしている親子が一緒に取引銀行に行った時、銀行に置いてある相続のパンフレットを見たり、親子でテレビを見ていて相続の話題が出たりしたことがきっかけとなり、対策を考えることも増えているという。

 生前対策は、頭では必要性を理解できても実行に移すことが案外難しいこともある。image

※写真はイメージです ©iStock.com

 とくに税対策は、将来の相続税を下げられることがなかなか実感できない。今100万円を払えば将来の相続税がそれ以上に下がると理解できても、100万円を払うことに躊躇してしまう。親にしろ子にしろ「お金がかからなければ何でもやります」という人は多いという。

税対策が広く普及しないわけ

 相続対策には「性差がある」と、片山敏彦税理士は興味深いことを言う。

「夫が亡くなって妻が遺された時、妻は自分から相続対策について相談に来ますが、逆に夫が遺された時は、相続に対して割と無頓着な傾向があり、子供のほうが心配するケースが多い。また男性は相続対策を前にした時、遺言状を書きさえすれば大丈夫と考えがちです。生前贈与を行う時、女性は娘婿や孫のことも考えますが、男性は子供のことだけを考える傾向もあります」

 税対策は効果が大変大きいにもかかわらず、広く普及していないのは、親は関心を持てず、税軽減の恩恵を受ける子供からは切り出しにくいという原因がある。加えて、1年後に税金が100万円減ると分かれば人は急いで着手するが、5年先、10年先に相続税が100万円減ると分かっても、先の話で想像が及ばず、着手が先送りされるという問題もある。

 まずは、現時点で相続税がどの程度かかるか計算してみるのもいいだろう。

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