弾道ミサイル落下、尖閣諸島問題…「国は毅然とした対応を」 国境の海で安全保障に翻弄される漁師たちは訴える

組合員の漁師が尖閣諸島周辺に出漁することもある与那国町漁協(中央)=6月、沖縄県与那国町

組合員の漁師が尖閣諸島周辺に出漁することもある与那国町漁協(中央)=6月、沖縄県与那国町

尖閣諸島の場所を地図で確認する

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鹿児島で自衛隊の新基地建設や部隊増強が続いている。海洋進出を強める中国を念頭に米軍との一体化も進む。基地があることは地方の暮らしにどんな影響を及ぼすか。鹿児島との関わりが深まる沖縄と山口県岩国市周辺の現場を訪ねた。(連載「基地と暮らして 安保激変@沖縄、岩国」⑦より)
昨年8月、沖縄県与那国島周辺の海域に中国軍の弾道ミサイルが落下した。米下院議長の台湾訪問に反発し、台湾周辺で実施した大規模軍事演習の「流れ弾」。日本の排他的経済水域(EEZ)内に落ちたのは初めてだった。
周辺海域には与那国町漁協の漁船が出漁していた。報道で事態を知った組合長の嵩西茂則さん(61)は、慌てて無線で組合員に帰港を呼びかけた。事故などはなかったが、緊急理事会を開いて翌日から操業を一時停止した。
台湾と与那国島の距離は約110キロ。普段から台湾の演習で砲弾の音が聞こえることなどはあっても、日本側への影響は小さかった。今回の中国軍のミサイル落下は「全く想像していなかった。衝撃的だった」と話す。
領海内ではなかったため、全国瞬時警報システム(Jアラート)は鳴らなかった。「領海外でも漁をしている。緊急時の体制が不十分だ」。嵩西さんは危機感をあらわにする。
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先島諸島周辺の海域では、日本と中国、台湾の利権が複雑に絡み合う。2013年に結ばれた取り決めで、日本はEEZ内の一部の海域で台湾漁船の操業を容認した。当時は、ともに尖閣諸島(沖縄県石垣市)の領有権を主張する中国と台湾の連携を阻止する狙いだった。
その後、中台関係は悪化。中国による武力攻撃が懸念され、両者の連携は想定しがたい。ただ今も、EEZ内のクロマグロの好漁場を台湾漁船が占める状況が続く。
水産庁は外国船などを監視する業務をしており、従事する日本漁船に手当や燃料代などを支給する。監視中に漁をしても「調査」として認められるため、「実質的な漁業補償」という漁師もいる。
周辺漁協の複数の幹部は「中国をけん制して台湾に譲歩した結果、地元の漁師が漁場を奪われた。早く元に戻してほしい」と口をそろえる。
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「尖閣諸島近くに漁に行くのは、政治活動も兼ねてという人がほとんど。一般の漁師は少ない」。八重山漁協(石垣市)専務理事の伊良部幸吉さん(54)は現状を明かす。
尖閣付近では沖縄三大高級魚の一つで、地元でアカマチと呼ばれるハマダイなどが捕れる。しかし、今は片道150キロほどの道のりは燃料費がかさみ、安全面のリスクも考慮して控える人が多い。
漁をするには約1週間前に海上保安庁への連絡が必要。島には近づかず、中国を刺激しないよう細心の注意を払う。操業中は付近で中国海警局と海保の船舶が並走し、警戒の目を光らせるという。
ミサイルの落下や尖閣問題など緊張が続く国境の海域。伊良部さんは訴える。「漁師は安全保障のはざまで翻弄(ほんろう)されている。国は毅然(きぜん)とした対応で安全を確保してほしい」

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