日本のだし文化を支える、鹿児島の「かつお節」

発酵食品「本枯節」の旨みに酔いしれる。

日本の地域に息づく伝統的な発酵と、発酵と共に生きる人々の暮らし。それは日本が誇る食文化のひとつです。そんな“発酵”を探し求める旅へ。読めば、地域と発酵がもっと好きになる。

今回は、「かつお節」の一大産地、鹿児島へ。

和食に決して欠かすことができない、かつお節。日本人の食の根幹ともいえる重要食材だ。そのなかでも「本枯節(ほんがれぶし)」と呼ばれるものは発酵食品であることをご存じだろうか? 焙乾(ばいかん)した鰹に“カビ付け”を施し、微生物による発酵が行われることによって、えもいわれぬ豊かで奥深い風味が生まれる。そんなかつお節の生産量トップは鹿児島県。枕崎市、指宿市は屈指の名産地である。今回はかつお節の生産地で実際の製造の現場を訪ね、話を伺った。

かつお節はどうやってつくられる?

枕崎の街を歩いてみると、あちこちにかつお節工場があり、だしの良い香りがふわふわと漂ってきて、お腹が空いてくる。そもそもかつお節はどうやってつくられているのか。枕崎でかつお節を製造する会社の一つ〈西村浅盛商店〉を訪ねると、朝早くからすでに作業は始まっていた。同社取締役の東(ひがし)祐太朗さんにご案内いただく。

「メーカーによって、本枯節に強いこだわりを持っているところや、カビ付け工程を踏まない荒節(あらぶし)を専門につくっているところなど、いろいろあります。うちは両方つくっていて、真ん中くらいの立ち位置でしょうか。枕崎は本枯節と荒節を合わせた、かつお節の生産量日本一で、全国シェアの4割を占めています」(東さん)

脂の乗った近海ものの鰹は刺身やたたき、焼き魚などで食べられることが多いが、かつお節用は遠洋で獲れる脂の少ない、身の締まった鰹が向いているとのこと。巻き網漁を行う大型鰹漁船は中西部太平洋まで行くそうで、漁には少なくとも1か月はかかる。獲れた魚は船内ですぐ凍結し、鮮度を保ったまま、遠洋から遥々運ばれる。港で水揚げされると、大きさ毎に選別作業が行われる。

本枯節にはおよそ4キロ以上の鰹が良いとされている。

解凍された鰹は、頭と腹身を切り落とし、内臓を手で取り除き、本枯節は3枚おろしにして、さらに血合い部分を境に背側と腹側に分けられる。背側は背節、雄節、腹側は腹節、雌節などといわれる。昔からかつお節が縁起物としても用いられるのは、雄節と雌節を合わせると一対となることに由来している。「鰹夫婦節(かつおぶし)」なんていう語呂合わせもあり、夫婦円満の意味があるのだとか。

小型の鰹の場合は2枚に、業務用に加工する場合は先に切れ目だけを入れて煮熟後に解体する、などの方法もあるという。

切った鰹の身を大きな四角い籠に並べ、80〜100℃以下の熱湯で60〜90分くらい煮熟(しゃじゅく)する。切り身のサイズや鮮度などによって温度や時間は変わり、メーカーによっても各々のやり方がある。〈西村浅盛商店〉では蒸気ではなく間熱式で温めているため、そのまま飲めるくらいきれいな煮汁を保っていることがこだわりだそうだ。煮熟の間も丁寧にアクをすくい、定期的に新しい水に取り替えている。

「煮熟することで身が締まり、臭みも消え、クセのない上品なかつお節になります」(東さん)

冷ましたあとは、骨を抜く作業。ピンセットなどで人がひとつひとつ骨を抜き取り、身に傷が付かぬよう、丁寧で迅速な作業が求められる。ちなみに、切り落とした頭や内臓、取り除いた骨などは粉にして養殖魚の餌や畑の肥料になったり、煮熟のために使われた煮汁はカツオエキスと呼ばれる調味料になったり、すべてリサイクルして別の用途に使われる。それぞれ専門の業者が引き取って加工するため、かつお節の工程ではほとんどゴミが出ない。鰹には捨てるところなどまったくないのである。

世界一かたい食品といわれるかつお節。骨を取った鰹の身は焙乾という工程によって熱でいぶして水分を抜き、乾燥させる。本枯節は骨を取った鰹の身の凹みにすり身を丁寧に塗り込み、形をきれいに整えてからこの工程に入る。カシやクヌギなどの薪を燃やし、火の上で燻製のように煙と熱を加えるのだ。

「一旦寝かせては焙乾することを何度か繰り返し、少しずつ水分を抜くことで、保存性の高い、しっかり芯までかたいかつお節ができます。ここまでの状態でできたかつお節は『荒節』と呼ばれているものです」(東さん)

市販に流通されている削り節はこの荒節が多い。「花かつお」も荒節を削ったものである。カビを付けて発酵が行われる本枯節はここからが本番だ。

カビの働きが本枯節の旨みを生み出す

微生物の発酵によって、さらなる奥深い旨みが生まれる本枯節。荒節の表面を削った状態を「裸節(はだかぶし)」といい、これにかつお節専用のカビを噴霧する。カビというとどこか悪いイメージがあるかもしれないが、〈日本鰹節協会〉の管理のもと、専用の施設で純粋培養された優良カビを使用している。カビが水分を吸収して育つことで、かつお節をさらに乾燥させ、悪性カビを防ぎ、保存性を高める。

カビ付けしたかつお節は、温度、湿度の保たれた室(むろ)で貯蔵し、ある程度にカビが成長したら、今度は天日干しにしてカビを休ませる。カビ付けと天日干しを2回以上繰り返したものを本枯節という。メーカーによってはこの作業を4回以上繰り返し、少なくとも3ヶ月、長い場合は完成までに半年以上かかる。カビ付けを繰り返したものは旨みもさらに深く濃くなり、高級料亭などに出荷される。カビの脂肪分解酵素で油分のない本枯節となり、すっきり澄んだだしがとれ、上品な奥深い旨みが生まれるのだ。

「やっぱり本枯節は明らかに味が違いますね。旨みが豊かで上品、香り高いだしになりますよ」と東さん。

〈枕崎市通り会連合会〉が町の活性化のために開発した、鰹尽くしのご当地グルメがあると聞いてお店へ向かった。

鹿児島県内の商店街グルメナンバー1を決める「Show-1グルメグランプリ」で2連覇を達成した「枕崎鰹船人めし」は、漁師が釣った鰹を船上で捌き、ご飯にのせて豪快に食べる漁師めしを現代風にアレンジした料理。鰹の刺身とかつお節、薬味などをご飯にのせ、かつお出汁をかけて食べるお茶漬けのようなものである。

左:〈すし匠 五条〉の「鰹船人めし」(825円)、右:〈一幅〉の「鰹船人めし」(825円)

地元で人気の寿司屋〈すし匠 五条〉では、近海で獲れた生の鰹を刺身でのせ、削りたての本枯節でだしを取っている。寿司屋ならではのこだわりの味で、鰹本来の新鮮な旨みをしみじみと味わえる。だしの豊かな香りもたまらない。もう一軒訪ねた鰹料理が自慢の味処〈一福〉では、「枕崎ぶえん鰹」を筆頭に、自家製鰹そぼろなど9種類のトッピングを贅沢にのせて彩り豊か。かつお出汁をかけると、すべての具材の味の調和がとれる。ちなみに「枕崎ぶえん鰹」とは、一本釣りした鰹を船上にて活き〆し、急速冷凍した、独自のブランド鰹。生臭みがなく爽やかな味わいで、もちもちした食感を楽しめた。

指宿で行われる、リアルなかつお節体験ツアー

枕崎と同志でありライバルでもある、鹿児島のかつお節のもうひとつの名産地、指宿。ここでは、かつお節ができるまでを一通り体験できる一般向けのツアーがある。ツアーといっても観光用につくられた施設ではなく、本物の工場でリアルな作業現場を体感できるのだ。まず指宿市の山川港へ向かうと、1000トンクラスの大きな漁船が停泊し、鰹が次々と水揚げされる様子がすぐ目の前で繰り広げられていた。

タイミングが合えば見ることができる水揚げシーン

これは圧巻の迫力だ。漁船からクレーンでどさっと降ろされた大量の冷凍鰹はベルトコンベアで運ばれ、人の手で流れるように選別される。

次に鰹を貯蔵するマイナス30℃と50℃の大型冷凍庫の中に実際に入って寒さを体感。マイナス50℃は体がビリビリ痛くなるような極寒の冷凍庫で、1分と入っていられない。濡れたタオルを振り回せば、あっという間にカチコチになり、ちょっとおもしろい実験を楽しめる。

エキサイティングな体験が続いたあとは、かつお節工場で実際の作業を見学する。骨抜き、焙乾、カビ付けなど、どれも人の手が欠かせない、丁寧で細やかな作業で、手間も時間もかかる。カビ付けは、スプレーで職人がひとつひとつ噴霧していた。かつお節は思った以上に手づくりであることを実感できるはずだ。

すべすべの滑らかに削られた本枯節に至っては、まるで芸術作品のよう。日本の食に欠かすことのできないかつお節を、縁の下で支えてくれる人々の存在に、感謝の気持ちで胸が熱くなる。

見学の最後には、本枯節の削りたてを味わい、地元では「茶ぶし」と呼ばれる郷土食で、味噌とかつお節を湯で溶いたものを試飲させてくれた。港で海風に吹かれながら飲む茶ぶしは、鰹の香りが清らかで深い旨みがあり、驚くほどにおいしい。栄養が体全体にじわりと染み渡り、元気が湧いてくるような感覚である。

またとない貴重な体験ができるこのかつお節ツアーは、事前の予約で誰でも参加できるので、和食が好きな人、発酵食品や日本の食文化に興味ある人ならぜひ参加してみて欲しい。日本人として誇りに思えるような、深く記憶に残る体験になるに違いない。

information

西村浅盛商店

豊かな味と香り 西村浅盛商店
西村浅盛商店は、1950年の創業以来60年以上に渡り、本場・枕崎において鰹節の製造を行って参りました。枕崎鰹節の魅力をより多くの方々にお伝えし、そして日本のだし文化を守り続けることが、私たち鰹節製造業者の使命だと考えております。「本場・枕崎...

すし匠 五条

address:鹿児島県枕崎市岩戸町509
tel:0993-72-8089
https://www.instagram.com/gojo_makurazaki/

枕崎の味処 一福

address:鹿児島県枕崎市東本町8
tel:0993-72-3347
https://www.ichifuku-makurazaki.com/

かつお節製造工場見学(NPO法人指宿観光&体験の会)

tel:0993-23-8800
https://www.ibusukitaiken.com/katsuobushi

コメント