神話時代の3神のお墓はどこに 鹿児島大図書館で展示会

仙崎信一2022年11月9日 10時30分

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「神をめぐる人々」の展示品=鹿児島市郡元1丁目

写真・図版

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鹿児島県内にあるとされる日本神話に登場する3神のお墓「神代(かみよ)三陵」。その場所はどこなのか――。江戸から明治時代薩摩藩の学者らによる研究に光をあてた展示会が、鹿児島大学付属図書館中央図書館(鹿児島市郡元1丁目)で開かれている。

神代三陵はニニギノミコト、ヒコホホデミノミコト、ウガヤフキアエズノミコトの陵墓(お墓)の総称。順に神武天皇の曽祖父、祖父、父にあたる。

それぞれの陵墓は1874(明治7)年、ニニギノミコトが可愛(えの)山陵(薩摩川内市宮内町)▽ヒコホホデミノミコトが高野山(たかやさん)上陵(霧島市溝辺町)▽ウガヤフキアエズノミコトが吾平山(あいらさん)上陵(鹿屋市吾平町)と、当時の宮内省によって定められた。

古事記日本書紀には大まかな場所しか書かれておらず、それまではいくつかの候補地があった。神代三陵の場所を解明しようとした江戸、明治の研究者の取り組みを紹介したのが、今回の「神をめぐる人々―薩摩藩の学者たち」だ。どのような研究や議論がなされて場所が決まったかを、5章に分けて36の展示品で紹介している。

目玉は所在地の考証に影響を与えた薩摩藩士で江戸時代の国学者、後醍院(ごだいいん)真柱(みはしら)に関する展示。後醍院は研究書「神代(じんだい)三陵志」を残したが、本人による推敲(すいこう)過程がわかる稿本(鹿児島市立図書館蔵、4冊)を見ることができる。

稿本は1827(文政10)年に書き始められ、1868(明治元)年に実地調査をへて完成した。展示されている稿本には細かい推敲の跡が赤い文字で残されており、「真柱の本書に懸ける並々ならぬ熱意が感じられる」と紹介している。

このほか、江戸時代の国学者、白尾国柱(くにはしら)の研究書(県立図書館蔵)、歴代の研究内容を収録した「神代三山陵」(鹿児島大付属図書館蔵)、ニニギノミコトを主祭神とする新田神社(薩摩川内市)の文書なども展示。企画した鹿児島大教育学部の亀井森准教授は「神代三陵について歴代の学者らが研究、調査していった姿を実感してほしい」と話している。

霧島市教育委員会との共催。12月9日までの平日午前9時~午後5時(11日休み)。無料。問い合わせは鹿児島大付属図書館(099・285・7460)。(仙崎信一)

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