鹿児島県民が大絶賛する「飲食チェーン」の正体特別な日には1000人以上の行列ができることも

横田 ちえ : ライター 著者フォロー

2022/03/12 5:40

脱サラ後のそば屋開業の成功例を紹介(写真:筆者撮影)

そばチェーン「そば茶屋吹上庵」(以下、そば茶屋)をご存じだろうか?実はこのチェーン店、全国的に知っている人は限られるかもしれないが、鹿児島では知らない人はいないほど県民から根強い支持を受けている。

鹿児島に14店舗、熊本に1店舗と合計15店舗展開しており、かやぶき屋根と水車の外観が目印だ。店内には古民具が飾られ、どこか懐かしい気持ちでくつろげるそば屋である。

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そば茶屋吹上庵(写真:著者撮影)

家族や親戚、友人とのちょっとした集まりで「どこへ行くか悩んだらそば茶屋」といった選択をする人は多い。メニューの幅も広く、店内の居心地も良く、誰もが楽しめる店だからだ。

また、年末に年越しそばの販売を行っており、2021年は15万食も売り上げている。そば茶屋の年越しそばに客が並ぶ様子は、鹿児島の年末の風物詩さながらだ。

そば茶屋の店内やメニューを紹介しつつ、そば茶屋誕生の経緯や運営の工夫、年末の年越しそばなどについて、そば事業部長の郷原芳和氏に話を伺った。

3世代で訪れやすいメニュー構成

人気の裏側には「お客様がくつろいで過ごせるか」徹底して追求する運営姿勢がある。まず駐車場が広く、車社会の鹿児島で訪れやすい店構え。店内にはテーブル席もカウンター席もあり、席配置はゆったりしており、ひとりでも大人数でも訪れやすい。

そして、席につくとお茶と大根漬けが運ばれてくる。客は注文を待っている間、のんびり漬物を食べ、お茶を飲み、ほっとひと息入れられるのがうれしい。

お茶は冷たいのも温かいのも両方出してくれるのがありがたい(写真:著者撮影)

この大根漬けは各店舗で毎日従業員が仕込む。作り置きをしない手作りの味は、塩分濃度がほどよく、さっぱりした味わいだ。

「大根の状態は時期によって違いますので、皮を厚く剥いたり薄く剥いたり、剥かないでそのまま使ったり、大根葉の状態が良ければ混ぜたりと調整しております。各店舗毎晩50~60本くらいは仕込んでいます」

メニューはそば、うどんを中心に、定食や丼物、なべとバラエティ豊か。そば茶屋はファミリー層から人気で、家族それぞれがお気に入りのメニューを選べる幅があるのもその一因だろう。

人気メニューは天ぷら板そば(990円)、黒豚そば(730円)など。創業当時からある峠なべ(780円)も根強い人気を誇る。そばつゆは鹿児島らしい甘めの味付け。そばのタイプはつなぎに山芋を使った「薩摩そば」で、太麺と細麺の2種類を用意している。喉越しのいい細麺を冷たいそばで、風味と歯ごたえが楽しめる太麺を温かいそばで出しているが、自分で好きなほうを選ぶこともできる。

「黒豚そば」730円。薬味のネギ、ゆず、柚子胡椒が甘めのつゆに風味を添える(写真:著者撮影)

サイドメニューの玉子焼き(480円)も外せない。「玉子焼きはグループで1つ頼まれる方が多いですね。本返しをベースに味付けした卵焼きで、そば屋ならではのものです」と郷原さん。意外な人気メニューはカレー(450円)。ブイヨンからこだわって手作りしたスパイスの効いた逸品だ。

困難と言われていた本格そば屋のチェーン化

そば茶屋の運営会社である株式会社フェニックスは、1972(昭和47)年、現会長の堂下博司氏が創業。当時の屋号はフェニックス・フーズで、冷凍食品製造・学校給食関連を手掛けていた。

その後、1977(昭和52)年に吹上町(現・日置市)の伊作峠に、そば茶屋の1号店をオープン。吹上町は堂下氏の地元でもあり、車で近くを通るときに「ここにかやぶきの古民家のお店を構えておそばを提供したら、田舎に帰ってきたような気持ちでお客さんに喜んでもらえるだろうな」と夢を描いたことに始まった。

現在のそば茶屋1号店(画像提供:株式会社フェニックス)

水車がカタコトと廻り、秋には柿が実って野山を彩り、その風景を眺めながらそばを食べる。そんな情景が頭の中に出来上がっていった。

1970年は外食元年と呼ばれ、1970年代はファミリーレストラン・ファストフードのチェーン展開が広まっていった時代である。しかし、当時のそばの世界では、本格そば屋のチェーン化は困難と言われていた。

しかし、実際にオープンしてみると予想以上の来客につながる。そこから「目の前のお客様に喜んでもらおう」と日々研究を積み重ねて、着実にファンを増やして、店舗を増やしていく。今年2022年の現在、そば茶屋は15店舗に展開している。

「これだけ広い駐車場、多い席数の大きな造りの店で、本格的なそばを提供する。全国的にも珍しいタイプのそばチェーンだと思います」

そばは「挽き立て」「打ち立て」「湯がき立て」が身上。毎朝5時頃から、セントラルキッチンで石うすでそばを挽くところから始まる。熱で香りが逃げないように、1分間20回転のペースでゆっくりと廻すのが香味豊かな玄そばの秘訣だ。そうして挽いたそば粉で打った生麺を、各店舗に配送。注文を受けるたびに湯がいて提供する。そばは次の日に持ち越さず、その日中に使い切る仕組みだ。

平日の昼時、土日のそば茶屋はかなり混雑していて行列ができている。しかし、席数が多くメニューの提供がスピーディーなので、客の回転は速い。並んでいたら、さほど待たずに案内してもらえることが多い

「常日頃からメニューを早く提供するための前準備のあり方を営業の中で強化しています。早くておいしく提供できるメニュー構成やキッチン内の動線、従業員がサービスしやすい店内のつくり、こういったことを会長自ら今でも現場を回って意見を聞きながら常に改善しています」

現場重視がフェニックスの企業姿勢だ。本部運営に携わる社員はすべて現場で店長職などを経験しており、トップの会長や社長もその例に漏れない。統括的な役割を担う社員が、すべて現場を熟知しているからこそ、本部と現場の連携がうまくいっているのが強みである。

1日で20トンものそばを消費する「そばの日」

そば茶屋の一大イベントは、毎年10月8日のそばの日である。この日は300円でそばの食べ放題を楽しめる(※現在はコロナ禍で停止中。代わりに「ざるそば・かけそばセット」350円の提供に変更中)。また、そばの持ち帰り価格もいつもより安い特別奉仕価格になる。

「おそばを作って下さる方、いつも来てくださるお客様、そば茶屋に関わる多くの方への感謝を込めて、多くの人におそばをお腹いっぱい食べて欲しいとの思いで始めました」

この日1日で、全店舗合わせると約20トンものそばが消費される。最高で13杯食べる人がいたそうだ。

「そばの日を毎年楽しみにされているお客様が結構いらっしゃって。現在はコロナの影響で中止しておりますが、状況が良くなったら復活させて、皆さんに満足いただくまでおそばを食べていただきたいですね」

年越しそばの行列は、鹿児島冬の風物詩

もう1つ、そば茶屋を語る上で欠かせないのが、年末の年越しそばだ。創業当時から販売しており、2007年には10万食、2021年には15万食を売上。販売量は右肩上がりで、この14年では1.5倍にも増えている。

多い日には1000人以上の行列ができている。店内で飲食をするのではなく、渡すだけの持ち帰り品の購入でこれだけの行列だ。12月末にそば茶屋で年越しそばを求める人たちの行列は、いつしか鹿児島冬の風物詩のような恒例行事となっている。

「各店舗でそばを湯がいて1つひとつ手作業で袋詰めしております。従業員を増員して販売にあたっておりますが、追い付かないくらいで、今はこれが精いっぱいです。年の最後は吹上庵のそばを食べたい、厄を払いたいというお声をいただいております。そうやって鹿児島県民の方々が支えてくださって今があります」

フェニックスは今年創業50周年、そば茶屋は45周年を迎える。そば茶屋の店舗展開と並行して、黒豚しゃぶしゃぶを提供する「いちにいさん」、「天ぷら左膳」、「喜鶴寿司本店」「ステーキ&ビア 素敵庵」、「もなかや ばあちゃん家」と他業態の飲食チェーンも展開してきた。

「いちにいさん」の目玉メニューはそばつゆ仕立ての黒豚しゃぶしゃぶ。「鹿児島を代表する食材である黒豚をどうお客様に提供しようと試行錯誤して完成したメニューです。今でこそそばつゆ仕立てのしゃぶしゃぶを出すお店はありますが、最初はうちじゃないかなと。やはりフェニックスの原点はそば屋ですので、そば屋としての誇り、そば屋ならではの出せる味になったのだと思います」

いちにいさんランチの黒豚ねぎしゃぶセット(850円) 。そばつゆが黒豚の味を引き立てる(写真:著者撮影)

いちにいさんは、東京や北海道にも店舗展開しているが、そば茶屋を含むフェニックスの飲食チェーンはあくまでも鹿児島が中心だ。これは、鹿児島にこだわっているというより、着実にいいものを提供できる環境を重視するからだ。

「しっかり地盤を固めてから次に移るのが弊社のやり方で、大きく広げようっていうのははないです。しっかりと1店舗1店舗、中身を着実につくり上げて次に移る。昔からそのやり方ですし、会社の基本方針でもあります」

大切なのは「目の前のお客様」

また、お店の運営や工夫も、地域性を意識するというよりは、ただ目の前のお客様を見ることを大切にしている。

「いかに目の前のお客さんに喜んで頂けるか、その一心です。幅広い年代のお客様にくつろいで頂くための雰囲気や接客に徹しているだけで、鹿児島だからこその工夫っていうのは特別ないですね。そば茶屋は2世代、3世代にわたってご利用いただいているお客様が多くいらっしゃいます。また、鹿児島で生まれ育った方が県外に出て、地元に戻ってきたらそば茶屋の味をなつかしがるとか。そうやって長いお付き合いをさせていただいておりまして、お客様あってのそば茶屋ですので、これからも変わらずお客様をおもてなししたいです」

1号店誕生から45年、今やそば茶屋は鹿児島の郷土料理であり、その味は誰かと一緒に訪れた懐かしい思い出と共にある。鹿児島に訪れる機会があったら、ぜひそば茶屋の味と雰囲気を楽しんでもらいたい。

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