「大谷翔平のホームラン兜」反響の大きさに涙 制作した鹿児島の甲冑工房社長「WBCは見ていません。まさか1カ月後に…」

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兜の反響の大きさに驚きを隠せない「甲冑工房丸武」の田ノ上智隆社長

 米大リーグの大谷翔平選手(28)が所属するエンゼルスで、ホームランを打った選手に「兜(かぶと)」をかぶせて祝う新パフォーマンスが話題になっている。制作した鹿児島県薩摩川内市の「甲冑(かっちゅう)工房丸武」の田ノ上智隆社長(43)は大反響に驚くとともに〝サムライの精神〟が海を渡って世界へ広がることを期待している。(聞き手・構成=西口憲一)

 ―今回のホームラン兜の経緯を教えてください。

 「4月5日にスタッフから『大谷選手がいるエンゼルスで使いたいと連絡が入っていますよ』と伝えられました。経緯を聞くと、(エンゼルスの通訳の)水原一平さんから国内の小売店に『チームの今季のホームランセレブレーションが兜に決定しました。使える物を送ってくれませんか?』とメールで依頼があったということでした」

 ―まさか、という感じでしょうか。

 「こういう業種なので映画、テレビ関係で『使うかもしれない』という話はありますが…。もちろん大谷選手のことは知っていましたけど、エンゼルスと言われてもピンとこなくて。使ってもらえるのであれば…ぐらいの感じでした」

サムライといえば甲冑、と期待

 ―実際に知ったのはいつだったのでしょうか。

 「8日のお昼前ぐらいに『大谷さんが兜をかぶると思いますので、テレビを見てください』と、スタッフから連絡がありました。テレビをつけたところ、マイク・トラウト選手がかぶっていました。大谷選手がかぶったのは(日本時間の)10日ですよね。その日は鹿児島から博多まで鎧(よろい)の材料(鉄板)を引き取りに行かないといけなかったので、夜中の2時に起きて2㌧車を運転して向かっていました。途中のサービスエリアで、ふとエンゼルスの話題のことが気になり、ツイッターをチェックしたら、大谷選手の兜姿が…。『ええっ! てことはホームランを打った⁉ 良かった‼』と、一人で喜びました」

 ―反響に驚いたとか。

 「その後、朝の7時ぐらいに博多に着いて少し仮眠しようかなと思っていたところ、会社からの転送電話が鳴ったんです。わが社のことを大谷選手の兜で知った年配の方が『鹿児島にこんな工房があるなんて知らなかった。日本の伝統を世界に広めてください!』と。トラックの中で泣きましたね。かりゆし58の曲『ウクイウタ』の歌詞にある『諦めたりすんなよ♪』『お前の背中を見守っているヤツが必ずいるから♪』を思い出しました」


WBCで投打で活躍した大谷翔平

 ―ところで社長、WBCは…。

 「すみません、見ていませんでした(笑)。まさか1カ月後に、こういう事態になるとは…夢にも思っていませんでした(笑)」

 ―WBCで日本が米国を倒して優勝したことで、ベースボールの本場で野球、そして日本の文化が注目されたことに意義深さを感じます。野球と鎧…一見何の接点もないのにつながったのがすごい。

 「実は…いつかつながらないか、と思ってはいました。オリンピックの頃からずっと…。『侍ジャパン』とか、サッカーだったら『サムライブルー』という言葉が飛び交う世の中で。そのたびに『サムライといえば武士道精神! 甲冑(かっちゅう)!』と期待はしていたんです(笑)」
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鹿児島県薩摩川内市にある「甲冑工房丸武」の正門。城郭のような迫力だ

―会社は、甲冑の国内シェアの8割を占めているそうですね。もともとは釣りざおメーカーだったと聞きました。

 「私の祖父が1958年に創業しました。でも、グラスファイバーが登場し、長くは続きませんでした。古美術品収集の趣味が高じて、73年に鎧兜のレプリカ製造に転業しました」

 ―現在の「甲冑工房丸武」は90年に「川内戦国村」でオープン。35人の職人の方が金属や布、金箔(きんぱく)などの材料をもとに制作しています。

 「わが社は鹿児島県の伝統的工芸品に指定していただいているんですが、それを世界に配信することが一つの夢でもありました。そして、特に子どもたちに何回も工房に足を運んでもらって学んでほしかった。だから入場無料にしています」

 ―2018年夏にリニューアルした後には新型コロナウイルス禍に見舞われた。

 「時代祭関係が全滅でした。あとは個人で借りられる甲冑ウエディングも全部キャンセルになって…。(創業者の)祖父の頃は月に300ほどの甲冑の注文数で成り立っていましたが、現在では20くらいでしょうか。それでも、近年では(織田信長を演じた)木村拓哉さんと綾瀬はるかさんが共演した映画『レジェンド&バタフライ』のお話をいただきましたし、岐阜まつりで知名度が上がったことにうれしく思いました。でも、今回の大谷選手やトラウト選手の反響はすごかった。今までにないくらい報道や一般の方からの電話が殺到しました」

最高の素材を結集した「総合芸術」

 ―大谷選手がかぶった兜(かぶと)について教えてください。

 「18枚の鉄板を1枚の鉄板から張り合わせて作った『黒塗十八間筋兜』です。江戸の復古調兜を祖父の代にデザインして作った、わが社のオリジナルです。復古調とは、戦が減り穏やかな時代になり、平安、鎌倉、室町のきらびやかな装飾を模して飾りとして制作された物です。前立ては真ちゅう製の鍬形(くわがた)に木製金塗の獅子です。重さは約2㌔で、価格は税込み33万円です。制作工程を工房で見てもらえれば相当な手間がかかっていることを実感していただけると思います。武士の身を守る物ですから、それぞれの時代の武器によって鎧兜も変化が見られます。素材には、金属・革・漆・木・布・金箔などのさまざまな最高の素材が使用結集されており、『総合芸術』とも言われています。そういう伝統的工芸品の兜を、あの大谷選手がかぶっているという事実がうれしい。職人たちのモチベーションも上がっています」

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「大谷選手の活躍で鹿児島の伝統工芸を国内外の人たちに知ってもらえることが喜び」と語る「甲冑工房丸武」の田ノ上智隆社長

甲冑ウエディングを全国展開

◆田ノ上智隆(たのうえ・ともたか)1979年9月6日生まれ。鹿児島県出身。スポーツ歴は小学3年から中学1年まで剣道に打ち込み、その後は中学卒業まで軟式テニス。好きな武将は織田信長。丸武入社後は甲冑ウエディングプランを全国展開。「両家の絆を固め、家を守る!」との口上で多くの新郎新婦を祝福してきた。

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