恐竜の島に受け継がれた子供への愛情 甑島列島㊦(鹿児島県薩摩川内市)

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甑島では、南北16キロにわたって続く断崖がクルーズ船から見られる

甑島では、南北16キロにわたって続く断崖がクルーズ船から見られる

上甑島(かみこしきしま)、中(なか)甑島、下(しも)甑島からなる甑島列島(以下、甑島)は、恐竜時代を容易に想像できるほどの壮大な断崖や地層、数々の奇岩などが見られる。事実、平成20年に下甑島の鹿島にある白亜紀後期(約8千万年前)の地層から肉食恐竜の肋骨(ろっこつ)や歯の化石が発見された。さらに28年にも上甑島で恐竜が絶滅する直前の時代である白亜紀最末期(約7千万年前)の地層から植物食恐竜の大腿(だいたい)骨の化石が見つかった。

上甑島の中甑漁港から甑島断崖クルーズ船に乗船した。下甑島北部の西海岸沿いにそそり立つ鹿島断崖やナポレオン岩といった奇岩群や海食洞を海から眺め、化石の宝庫だという〝地球の歴史〟を目の当たりにした。その後、鹿島の「甑ミュージアム恐竜化石等準備室」で、恐竜の歯や骨、アンモナイトや植物の種子などの化石や標本を見学。甑島はカノコユリの産地で、恐竜時代のユリの花粉の化石も見つかっている。恐竜も花々が咲き誇る光景を見ていたのではないかと想像する。

ミュージアムでは、28年から主に地元の子供たちに向けて、毎月第3土曜日に化石に関する体験プログラムを実施。職員の三宅優佳さんは「島に高校がなく、子供たちは島を出てしまう。それまでに自分が育った島を知る機会になれば」と話す。

漁村留学で甑島の小学校に通う子供も地元の子供と一緒に化石のクリーニングを体験

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子供向けといえば、下甑島に、年神(としかみ)様の化身である「トシドン」という伝統行事がある。トシドンは、大みそかの夜に天上界から降り、子供のいる家を訪れる。子供に、その年の素行や行儀に対して、良いところを褒め、悪いところをたしなめる。来る年を、良い子で過ごすことを約束させると、「年餅」と呼ばれる大きな餅を渡して帰っていく。これで子供が無事に年を一つとることができるといわれている。

トシドンの役は地元の大人がふんする。装いは、各地区によってさまざまだが、手打(てうち)地区では長い鼻に大きな口、シュロの皮やソテツなどで装飾した鬼のような面をつけ、わらみのをまとう。迫力ある見た目の神を前に、子供は泣き出す。甑島のトシドン保存会によると、儀式の目的は子供を健全に育てることで、「いつも天上から神が見ているという意識の中で、健やかに成長してほしい」との願いを込めているという。

甑島のトシドンは、昭和52年に国の重要無形民俗文化財に指定された。平成21年にユネスコ無形文化遺産に単独で登録され、30年には「男鹿のナマハゲ」(秋田県)などとともに「来訪神 仮面・仮装の神々」として拡張登録された。島独自の自然環境や暮らしの中で、地域一体となった子供たちへの愛情は今も脈々と受け継がれている。

■アクセス

鹿児島の川内港から高速船、串木野新港からフェリーがそれぞれ運航している。

■プロフィル

小林希(こばやし・のぞみ) 昭和57年生まれ、東京都出身。元編集者。出版社を退社し、世界放浪の旅へ。帰国後に『恋する旅女、世界をゆく―29歳、会社を辞めて旅に出た』(幻冬舎文庫)で作家に転身。主に旅、島、猫をテーマにしている。これまで世界60カ国、日本の離島は120島を巡った。

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